「チサト・・」
リビングに行ったあいつが呼ぶ。
「なによ」
「こっち来て、のまないか?」
は?あんた、まだ・・・・。
キチンのワインラックをながめる。
大丈夫、減ってない。
と、いうことは、また、取材旅行のお土産のウィスキーかなんか?
リビングにいくと、奴はリュックから、ウィスキー瓶をひっぱりだしてきていた。
お?
バルモア?
グラスをとりにいくと、早速、ストレートでいただく。
旨い物に弱いのはいいことかもしれない。
こいつの悪ふざけも、しっかり、水にながしてしまえる。
奴がまた、リュックの中をあさる。
だしてきたのが、ジャーキー。
自分のつまみもってるなら、ひとんちのものをあさる前にそっちをさきにくえ、と思いつつ、奴が袋の口をあけるのをおとなしく待ってるんだから
あたしもつくづく、犬の性分だと想う。
おあずけにおとなしく服従する犬のごとく、まちうける。
ジャーキーを齧りながら・・・ん?
なんだ?このジャーキー・・。
奴はまだ、リュックの中をあさっている。
「あ、今食ってるのがワニ。こっちが、カンガルーだな・・」
ん・・・。
目の前におかれたジャーキーの袋には、確かにカンガルーの絵がかいてある。
口をあけた袋では、ワニがちょんぎれていた。
はあ・・・。
「あんた、変わったものに目がないんだよね。忘れてた」
蝙蝠の木乃伊のブローチとか、渡された事があったっけ・・。
「あ?ああ・・。じゃなきゃ、チサトのとこにきやしないよ」
さらりといいのけたので、しばらく、気がつかなかった。
え?
変わったものに目がないから、チサトのところにくる・・。
つまり、私はげてもので、
こいつは、物好きか・・・。
ま、いいか・・・。そこそこにおいしいし・・。
ちびちび、飲みながら、今日のトリミングの話をする。
「まあな。チサトのいいたいことはわかるけどな・・。
どこに視点をおくかってのは、結局は記事によるからなあ・・」
「ん・・・」
「写真がメインなのか、記事がメインなのかって、とこの
配分もあるし、テーマにもよる・・」
「ん・・んん・・ん」
「商業カメラマンってのは、そこら辺の按分がわかった上で、自己主張するしかない。だから、俺だったら逆にもっと、女の子がいいアングルに入るまで待つ」
「う・・ん」
「女の子の服の色とか、連れてる犬とか、全体の配分をかんがえて、
テーマにそぐわなきゃあきらめて、別の方法を考える」
「別の方法って?」
「アンチテーゼだけどさ、太陽の恵みってのが、テーマだったら、
サングラスかけてる奴をうつしこむとかさ・・」
「あ?あはは・・・すごい発想だね」
「もちろん、主張しすぎないようにな・・」
「うん。うん。わかる・・」
こいつのすごさは、こういうところかもしれない。
主張しない主張ってことだ。
「だけどさ・・俺、最近、かんがえてるんだよな」
「は?あんたでも、考えることあるんだ」
せいぜい、おかえしにとおもったが、硬い口調できりかえされた。
「ああ。だから、まじめにきけよ」
ーは・・はいー
なぜだか、こいつは、まじめになると迫力がます。
近寄りがたいというか、
はりつめた男っぷりがでてきて、
とうてい、馬鹿いってる男と同じ人間に見えない。
「俺、何、撮ってるんだろうって、思いはじめてな」
え・・・・・・。
意味合いがつかめず、私は黙るしかなかった。
一種、絵画みたいなもんなんだよな。
その手法によってさ、アブストラクトなものにするとしたってさ、
結局は絵画なんだよな」
こいつ・・何がいいたいんだろう。
黙って聞くしかない。
だから、黙る。
「取る側のテーマってのが、移しこまれてる写真ってさ、
絵画の領域から脱しえないって、気がするんだよな」
やっとここで、反論の余地がでてきた。
「そんなこといったって、カメラマンである以上、なんらかのテーマをもたない写真なんてあるわけないじゃない」
「そうなんだよ。チサトのいうとおりさ。だけど、そういう写真ってさ、
訴えるものが、薄いんだよな。対象がもってるものをただ、映しとっただけで、どこにカメラマンのテーマがあるか、判らない」
なにをいいたいのか、よくわからない、ってのが、本音だった。
「逆をかんがえるとわかるのが、ピューリッツア賞とかの写真だよな。
キャパとか、ユージン・スミスとかさ、写真が真実を訴えるわけだし、
逆にカメラマンが「訴えたいことがある」なんて、やったら、マズイっていっていいかな。
たとえばさ、キャパの撃たれる兵士の写真でさ、戦争反対です。って、テーマだっていったとするじゃないか。
すると、価値が逆転してしまうんだよな。
訴えるため兵士の死を撮ったのか?ってさ。人道的な感情が逆撫でされる。
だから、カメラマンのテーマってものが、みえない、いや、そんなものなど除外してしまうほどの写真というのが、本物の写真なんだよな。
写真そのものが、すべてを語る。
テーマがなんだとか?そんなものさえ寄せ付けない」
なんだか、すこし、言いたい事がわかってきた。
「つまり、商業カメラマンとしての限界みたいなものにつきあたってしまったんだよね」
「なにかさ、そこら辺の風景とったり、旅行雑誌の目的地見所・・
結局、娯楽の領域からだっしきれない。なにをとっても、綺麗だねっていう絵画にしあげて、目をたのしませてるだけといっていいかな」
「で?そんな仕事にあきあきしたから、キャパばりに撃たれる兵士でも撮りにいきたいって?でもそれじゃあ、あんたの自己満足のため、訴えるために撮る人道的な感情を逆撫でする行為ってことじゃないのかな?」
奴にしては、めずらしく大きなため息をついた。
「だから、俺、何を撮ってるんだろうってさ・・」
はあ・・。
あたしは、こいつの言おうとしてることよりも、
こいつが抱え込んでる問題がきになった。
「あんたさ・・。それって、ようは、思い入れをなくしてしまったってことじゃない?」
「思いいれ?」
「そうじゃなけりゃ、あんた自身の存在が希薄になってんのよね」
「希薄?」
「あんたさ、類希な才能があるんだよね。だから、何でも、物になってしまって、撮れて当たり前。俺の才能でこなせないものは無い。あるとすれば、あんたがいったように写真自らすべてを語るもの。あんたが超えられないものをつきつけられて、あんたは初めて、壁にぶつかったわけよ。そして、楽にこなしてきたから、今まで、何をしてたんだろうって悩む」
事実でしかない。
「天才のもろさってのが、そこなのよね。努力して、掴んだものは自分のスキルになる。そのスキルが自分の対戦相手なわけだけど、あんたには、対戦相手が無い」
「俺・・・なんか、決定的にかけてるってこと・・か」
「だね」
一言で片付けられて、奴は頬杖をついた。
「思いいれ・・か」
「そうだね。あんたはサングラスとかテーマとかいうけどね、あたしは、女の子が夕日のモスクより、子犬に夢中だったのがよかったんだ。壮大な風景にさえ目もくれず、自分の「思いいれ」のあるものに夢中になれるってのがね、
壮大なものをしっかりふみしめて、なおかつ、自分の思いに夢中になれる。
それが生きてるってことに思えたんだ。だから、大きなモスクに小さすぎる女の子でも、女の子のほうが存在感が大きくなる。
その無機質と躍動の取り合わせを、感じ取ってくれる人間がいるかどうかなんか、どうでもいいんだ。あたしは、自分の思い入れを映しこむ。
それができるから、あたしは、自分に希薄さを感じない。
写真に何を感じてくれるか、テーマがあるか、そんなことどうでもいい。
あたしは、自分がどんな、まなざしをもつかだけしかないんだ」
いいおわってから、ぺろりと舌をだした。
「なんていってるけど、あたしもあんたの話をきいて、たった今そうだなって、自覚したんだけどね・・」
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