朝食を戴くと、さそくに、足駄をはむ。
大師も寺の外まで出て、二人の出立を見送ってくれた。
「おまえは、三井寺には寄ったことはないのか?」
都まであないするというくらいだから、
そちこち、顔をだしていそうな気もする。
「いえ、私は・・行方をくらますに必死でしたから」
そうだった。生き残ってしまった法祥が
都近くに居れるわけはなかった。
「最初に、導師にかくまってもらって、
それから、あちこちうろついて
死ぬべきだろうと、考えてみたり
伊予の霊にひきとめられたり・・・」
「なるほど。だが、生きておって良かったの」
大師の話に、法祥も確かにそう思っていた。
「しかし、たいしたお方だ」
いつのまにかに、伊予の親の心をやすらげ
どういうひきまわしか、
親の心のかわりようを、法祥本人に伝えることがおきる。
「それが、守護ということなのでしょうか」
一辺倒に量り、得心しようとするのは、
法祥の若さゆえの生真面目さだろう。
「いや、いや・・・生まれもった、徳だろうのお。
わしも、得心させられたことがある」
白銅が得心する?
それはどんなことであるのだろう。
法祥の、続きを待ち受ける顔に
笑いをかみ殺しながら
白銅は、自分が得たことを話し始めた。
「お前の身上と大師の「心映え」の話と
澄明からの伝えと、を、まぜくりあわすと
やはり、ー思いを救わねば 真の救いにならぬーと思うのだ」
話が飛躍している様に聞こえるのは、
澄明の報せが、どういうことか、わからないせいかもしれない。
「澄明さんは、いったい、なにを?」
ついつい、悟るに早い者ばかりに囲まれていると
法祥も一言二言三言で、理解できると勘違いしてしまう。
「そうだったの、つたえてなかったの」
と、法祥にわびる。
「澄明は 銀狼のほうが憑いているのでなく
一族の方が 銀狼に憑かせてしまう、一種の呪縛があるのではないか
と、いうのだ」
法祥には、もっと詳しく説明しないと、
よく判らないかもしれないと思う白銅に
「ああ。判ります。
導師がいっておりました。
私が伊予だけを死なせてしまったのでなく
伊予の方に、死ぬ定めがあり、
むしろ、私の方がその定めに引きずられた。
そういう風に、引きずられる、巻き込まれるというのも
一つの呪縛ということになるのでしょうね」
「そ、そういうことだ。
だが、その呪縛により、実際には
相手が不幸になったり、
相手の親を苦しめ
ひいては、自分を苦しめる。
これが、銀狼だとする。
銀狼と一族の間に、
呪縛のもとになった何かがあるだろうと思うのだ。
それを解かねば、真の救い・解決にならぬとおもうのだ」
法祥が考え込んだ。
「では、伊予も、呪縛の元になる何かがあったということでしょうか?」
迷ったが、白銅は話すと決めた。
「わしが、勝手に思うことだがの。
大師がいうたことが、そうだろうと思うのだ。
伊予は、たぶん幼い時から
親の言う通りにと、背くことなく生き越してきたのだろう。
ただ一度でも、伊予の思う通りに生きて良いと、
両親に、心底から思われたかったのだろう。
だが、どうにもならない。
生きたいように生きられぬなら
死んでいる様なものだ、と、諦念しながら
どこかで、死んだら 親は 自分たちが間違っていた、と
思ってくれるだろうか・・とかな。
親を責めるような自分の心に、呵責もおぼえただろう。
だが、心の底に恨む思いが沈んでいき・・・」
「わ・・わかりました」
伊予が、哀れだった。
親を恨む心になる自分に、打ちのめされ
好いた男とは一緒になれず
親の決めた婿と添わねばならず
行き場のない思いを抱かえ、
生きていくめどうを見つけられず
いっそ、死んだ方が・・・
そのきっかけと弾みが法祥だったのであろう。
「私が・・もっと
伊予の思いを救うてやれれば・・」
「成ってしもうたものは、もうどうしようもない。
それよりも、澄明のいうとおりであれば
銀狼と一族の間にある、呪縛
その元になった思いを、救うてやることが
伊予への返しになるのではないか?」
法祥は、やっと、白銅が舟でいうた事の意味が判った。
「だからこそ、ー自分でー
ーなんとかしてやろうーと、成れ。
ということですね。
そうでなければ、また、私は
犬神という名の伊予を救えないまま
ただただ、流され、まきこまれた生き越しになる。
そう・・おしえて・・くださって・・」
あとの言葉は、法祥の涙に埋もれた。
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