昼には、烏丸まで、と、思っていたが
鴨川縁に、人だかりを見た。
それで足が止まったのだが、
人だかりの真ん中に、あの口入屋の男がいる、と
法祥がいいだした。
「どれだ?」
「あの、背の高い男です。着物を羽織っている、あの男です」
妙な言い方をしているが、素裸に着物を羽織っているのではない。
普通に、着物をきておいて、もう1枚薄手の麻かなにかの着物を
羽織っている。
羽織を重ねる様にもう1枚、着物を羽織る姿は
上背があるから、なお目立つ。
白銅は、男が何をするつもりか、しばらく様子を見る事にした。
集まった人々の口から
「私も一口」
「俺は三口」
と、なにかを注文している様だった。
人だかりの一番、後ろにいた女に、法祥は尋ねてみた。
「これは、いったい、なんですか」
「お坊さんには、関係ない・・と、言いたいとこだけど
榊さんのことだから、おしえといてあげるよ」
「榊さんとおっしゃる・・」
「やだねえ、本当に何も知らないんだね」
喋りぶりで、女が、地の人間でないのは判るが
逆に、よそ者だった人間でも、知っているのに
と、法祥をいぶかしく思っているのがみえる。
「お坊さん・・都は初めてなのかい?」
このさい、女のあて推量に載っておく方がよさそうだと
法祥は、考えた。
都の人々は、やたらと、坊主に弱い。
坊主に親切にしておく方が
死して後、
閻魔の裁量もゆるむと考えている様である。
「右も左も・・判らぬうえに、人もたくさんいて・・・」
「ふぅん・・で、お坊さんも野次馬になるって?」
「そうですね・・・そうなってますね」
「坊主も人の子ってことだね。
俗世も修行だっていわれてるんでしょうけど
榊さんこそ、俗世を救う観音様みたいな人だからね。
だから、おしえてあげとく」
もったいぶって、女が話した内容は
ー榊さんが、山を買ったところ、良い木が生えている。
その木を売るのに、出資しないか?ー
と、いうことだった。
一口、破格の安さで、五百口ほどを募っている。
売れた金の内、一部を榊が取ったら
あとは、山分けだという。
かすかに妙だなと思いながら
女に礼をのべると
法祥は白銅の傍らに戻った。
女から得た話を白銅に伝えようとした。
が、
白銅は
「良くないの・・・」
と、つぶやいた。
なにか、妙だと感じただけの法祥であったが
白銅は妙ではなく、はっきりとなにかを見抜いているのか
「白銅さん・・良くない・・というのは?」
「みっつ、ある」
「みっつ・・・も?」
「ひとつは、お前が聞いてきたことの裏だ」
法祥はまだ、なにも白銅に告げていない。
女の話がきこえる場所に居なかった白銅である。
ー私を読んだということだろうか?ー
だが、わざわざ読まなくても良い。
じきに、法祥自ら伝える。
取り敢えず、法祥が聞いてきたことと
白銅の言うことが同じことなのか確かめてみた。
「山の木を売るという話ですよね」
「その裏で、榊十郎は、銀を掘る」
名前まで判っているし、
十郎という名前は女の口からは出なかった。
法祥の中に、ふたつのことがいっぺんに入って来ていた。
「銀を掘る?
それは、とんでもないことになりはしませんか?
それに、白銅さん、榊十郎を読んだ?ということですよね」
「おかみの目をぬけるために、伐採で、人が山に入っていると目くらましをして
堀った銀は 伴天連にでも売るのだろう。
ようは、密貿易・・だな。
お上に見つかった日には、ただではすまない」
「なぜ、そんな危ない橋をわたろうとするのですか?
それが、犬神の差配ということなのですか?」
犬神のせいで、榊十郎は、破滅を恐れることも出来なくなってしまう、のか
と、法祥は問う。
「いや、榊十郎を読めるということは
犬神は、榊十郎を差配したり、牛耳っているわけではない。
犬神が差配しきっていたら、榊十郎を読ませぬように出来るだろう。
ところが、読めた。
澄明の言うように、一族の方が犬神を縛っているということになる」
「それでは、なぜ、密貿易などに手をだそうというのです?
榊十郎は、欲に目がくらんで、なにも見えなくなっている?」
「おそらく、口入屋の実入りの良さもそのせいだろう。
一族が犬神をしばっているからこそ、
榊十郎の思い通りになるように、犬神が動く。
これは、舟で話したことであるが
犬神が榊十郎の為に、ただ、動くわけではない。
犬神が動いたら動いたぶん、
榊十郎の生命力や根源力を帳合に取る。
ただ、憑いているだけなら、
それで済むのかもしれないが
自分の思い通りに成るように犬神をつかえば
当然のこと、礼をせねばならなくなる。
礼というのは、相手に足りない物を渡すのが
一番の礼になるだろう?
魚をたるほど持っている漁師に魚をわたしても礼に程遠い。
犬神のほしいものこそ、生命力や根源力なのだ」
「そ・・それでは、それを繰り返せば
榊十郎は、いつか・・狂う・・」
「その通りだ。それが、ふたつめの良くないということだ」
「ひとつは、密貿易
ふたつは、御霊の生気をむさぼられ、狂い始める
みっつめは?」
「みっつめは・・・
榊十郎を見限る犬神になるのではないか、と、いうことだ」
「榊十郎が犬神を縛っているのでしょう?
犬神のほうから、榊十郎を見限るというのは
どういうことなのです?」
「榊十郎には、縅之輔という二十歳をこえた息子がいる。
犬神を縛っているのは、一族であり、
榊十郎だけが縛っているのではないのだ」
それは、つまり、どういうことになるのか・・
法祥は恐ろしい考えしか思いつけなかった。
息子の縅之輔に犬神が憑くことにより、
榊十郎への守護が無くなるのではないだろうか?
この場合、守護と言わないだろうが、
それでも、お上の目から密貿易を隠し通す
と、いうことが、犬神の守護であれば
榊十郎を守護している間は
榊十郎は、安楽に密貿易を行える。
だが、犬神が榊十郎を見限ったら、
お上につかまり、刑罰を与えられる。
どんな刑罰になるのかまでは、
法祥には、判らないが
生きておれたとしても、
何もかも失い、榊十郎は、正気でいられるだろうか?
だが、それよりも、
なぜ、犬神は、榊十郎を見限るのだろう?
「白銅さん、犬神は
榊十郎が欲に目がくらんだせいで、
榊十郎を見限るということなのですか?」
白銅は法祥の問いに、
逆にたずね返した。
「それ以外になにか、理由が有ると思うか?」
「何らかの願いを叶えてやるのが、犬神であるのなら
どんな願いでも叶えてやらねばならないのでは?
それに、あの女子が榊さんを観世音菩薩のようだ・・と
そんな人が、
本当に、密貿易を欲得づくで行うのでしょうか?
何か、わけがあるのでは・・」
「そう思いたいのも判らぬでもないがの。
犬神は、願いを叶える代わりに生気を吸う。
だが、その生気も、欲によごれておったら
犬神もたまったものじゃないだろう」
「おっしゃることは判りますが、榊十郎、
本当に欲によごれておるのでしようか?」
いくぶんか、寂しく、いくぶんか 厳しい
そんな表情が白銅に浮かんだ。
「おまえは、自分の尺で、榊十郎を測ろうとしておるだけだ」
「私の尺?それは、どういうことでしょう?」
「おまえにとって、観世音菩薩は、至高の存在であろう。
だが、おまえの尺でしかない。
であるのに、
女が言うた観世音菩薩のようだというのを
おまえの尺で解している」
それはどういうことになるのか?
法祥は考え込んでいた。
「おまえは熱心に修行してきたのだろう。
ゆえに、お前は、神頼みとか
おかげ信仰という思いのありようがわかっていない。
女が言ったことは、
自分にとって都合の良い風にしてくれる、
あてを叶えてくれる人という意味だろう」
「でも、実際に、口入屋の商いで、
たっき(生計)の道がついて、助かった、救われた、ということでしょう?」
「それで、榊十郎は、銀山を掘る資金を作った。
あくまでも、金儲けのためでしかない。
そして、信用を植え付けておいて
伐採で目くらましをするのに、みなを利用しているうえに
おまえ、わからぬのか?」
白銅がなぜ、人だかりによりつかず
離れてみていたか。
「判らない?とは、いったい・・なにが?」
「一口いくらにせよ、楽に銭が手に入る
と、集まった人々の、欲が渦のように舞いあがり空気まで淀んでいた。
いらぬ、欲を人々に植え付ける人間が
観世音菩薩のような人であるわけがない」
世間ずれしていない無垢な男は
ー観世音菩薩ーの一言にさえ惑わされる。
「欲も必要だがの、
元の思いがどうであるかだろう?」
法祥、頭(こうべ)を垂れるばかりだった。
やっと、顔をあげたとき
「榊十郎は・・・どうにもならないと・・いうことですね」
その答えを聞きたくはなかったが
法祥は白銅の返事を待った。
「自らまいた種だ。自ら刈るしかない」
やはり、そうなのかと法祥は頷いて見せた。
「だが、ひとつ、見えてきたものがある」
白銅の見えたものとはなんであるのか?
法祥はしっかりと白銅を見つめた。
*******資料として*****
重罪人は火あぶり、牛裂、釜煎。減刑されても、耳そぎ鼻そぎ。 - 草思社のblog (hatenablog.com)
吉宗は、刑罰基準や重要判例などを網羅した『公事方御定書』を編纂し、拷問乱用の禁止、従来は死罪だった密貿易の罪を遠島、耳そぎ鼻そぎに減刑するなど、刑罰改革を断行(耳鼻そぎは吉宗なりの温情だった)。諸藩も、吉宗の方針に従い、極力減刑化していこうと努めます。江戸時代の刑罰の残忍な面を紹介するだけでなく、為政者たちの改革への努力に着目している点に、本書の良さがあります。
****白蛇抄自体、年代を特定・設定していないため
法祥には刑罰は判らない、としました******
「榊縅之輔の思念の中に、大きな白い犬が映ってくる
これは、たぶん、犬神の大元、前世の最初ではないかと思うのだ」
白い犬と一口で言ってしまうと
法祥には判らない事であろう。
「白い犬というのは、
人間になりたい、と、思っているのだ」
やはり、法祥は得心できない。
「犬が?犬が、人間になりたい、と、思う?
じゃあ、輪廻転生で、場合によっては
私が、元は白い犬だったということだってありえる?
そんなことが・・・」
「あるだろうの」
白虎の守家、九十九善嬉は、前世が鬼だったという。
鬼は人間になりたいと草木を食らって
厳しい修行をし、死ぬ間際
「ああ、人間になりたい」と、つぶやいた。
すると、その記憶をもったまま、人間に生まれ変わり
なおかつ、相手の前世をさかのぼって見ることが、できる。
おそらく、鬼だった善嬉の願いを叶えてやったぞと
久世観音か?が
明かして見せる為に、記憶を残したのだろうし
血へどを吐くほどの修行で得た法術も
現世で役に立てよ、と、受け継がせたのだろう。
そんなことが有ったと考えれば
犬であっても、人間になりたいと思うことがあってもおかしくない。
ただ、その思いが叶うに、
善嬉同様、神の心をうごかさねば
成ることはないと思える。
「その白い犬が、前世でなにをし
今はどうなっているのか?
例えば、榊縅之輔にうまれ変わったのか?
そういうことは、
善嬉にたずね合わせるしかない。
ただ、これは、わしの勘でしかないが
白い犬と榊一族の間に、なにかがあり
これが、因になり
犬神を榊一族がしばるように成ったのではないか」
「その白い犬は、縛られて、榊に憑いている犬神ではなく、
自ら進んで榊縅之輔を守護している、そんな感じでしょうか?」
「いや、そういう差配というものは感じなかった。
昔飼っていた犬を、思い出していると
その念を感じ取って、犬の方も、懐かしんでいる・・
そんな風に思えたのだが、
随分、昔の事のようで、榊縅之輔自身が犬を飼っていた様子はない。
おそらく、血の中に溶け込んだ前世の記憶が、
何かのはずみで、湧き出て来る。
本人には、その湧き出た物は、
「犬を飼いたい」というふうに、受け止められているだろう」
「なるほど・・・
では、榊縅之輔さんに、犬をお探しですか?
と、尋ねたら、応と答えるということですね」
「たぶんな」
それっきり、白銅は黙った。
おそらく、
澄明に、式神を返しているのだろう。
白銅と澄明が以心伝心なのは
陰陽師故だろうが、
夫婦だから、なおさら、
以心伝心が、強いのかもしれない。
既に、榊十郎を見つけたときから
澄明も、榊十郎を読んでいるのではないかと
法祥は思った。
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