白銅からの伝えを聞くと、
澄明は、また、善嬉のもとへ出向いた。
「白銅を通して、男のことは読めるのですが」
気になるのは、男 榊十郎の息子、榊縅之輔の
思念に混ざり込んできた白い大きな犬だった。
「白銅は、犬神のもとに成ったのではないか、と考えている様です」
あとは、善嬉が白い犬を読み下すだろう。
しばらく、善嬉は、黙りこくっていた。
やがて
「澄明、白銅の思う通りだの。
榊一族は、サンカの末裔だった。
随分前になるが、
阿波の山奥で、猟をしながらひっそりと
暮らしていたようだ。
その猟のために、何頭かの猟犬を飼っていたのだが
その中に、白い大きな犬がおる。
白い犬は、人間になりたいと思うだけのことはあって、
ずいぶん、榊一族のために尽くしていたのだが・・・
あるとき、猟にでた、榊縅之輔の前世だろう。
猪を追いこんださいに、崖の端から身を落とした。
白い犬は、三、四か月の幼犬のときにやってきて
榊縅之輔が十五の時から、ずっと面倒をみて育てたのだ。
特に、榊縅之輔には恩義に感じ、
兄のように、榊縅之輔を慕っていた。
その榊縅之輔が、崖から落ち、
その怪我が元で、帰らぬ人になったのだが・・・
二親は白い犬を、ずいぶん責めての」
あとを、話すのがつらそうな善嬉だった。
「おまえがいきておるのも、腹が立つ・・と」
むごい、仕打ちで、白い犬の命を取ってしまった。
「判りました」
白い犬の、思いは、大きく二つに分かれた。
榊縅之輔を慕う本来の気持ち
と
二親の仕打ちに、怨恨の気持ち
と
「おそらく、本来の気持ちのまま、榊縅之輔を
慕って亡くなったのだろうが、
湧いてしまった、怨恨の憎悪は、
白い犬も自分でどうしようもなかったのだろう。
それが、犬神に転生した理由だ」
深いため息で頷く澄明に成る。
ー榊一族を護ろうとしながら、
怨恨を晴らすかのように、破滅に導いてしまう。
「恐ろしい程、暖かな想いに飢えている」
「それが、生気をむさぼる理由ですね・・・」
ただ、ひとつ、変転の兆しがあるとすれば
榊縅之輔が転生してきたことかもしれない。
いづなが銀狼の座にいた間
犬神の差配はなく、
銀狼がいづなに転生した時に、
本来の犬神の座がもどり
犬神は榊一族に戻った。
二十年ほどの歳月がたっているとわからず
榊十郎によりついてみたものの
二十を超えている榊縅之輔に気が付いた。
白い犬の存念の継承により
怨念を持ちながら
榊一族を護ろうとする思念もわかされるのだろう。
それが、榊縅之輔が居ると判れば、なおさら・・・
「犬神も、榊縅之輔を慕う。
ゆえに、榊十郎の欲・身勝手な想いは
二親から受けた仕打ちによる、怨念を揺さぶってしまう・・・
犬神も・・・苦しかろう・・・」
「うむ・・」
善嬉が頷くと
「もうひとつな・・竈の神も、
なにか、それににたような事をやらかしたのではないかと思うのだ」
「例えば?」
「いや、読み切れる相手でないから、
当て推量だ。
法祥をみて、白い犬をみておると
竈の神は、八代神に逆らって
曲げてはいかぬ運命を変えてしまったのではないかと思うのだ」
善嬉の当て推量がおぼろげすぎる。
「白い犬は、思ってはならぬ思いに揺さぶられて苦しんで居ろう。
法祥は、どうしてもー何とかしようーという覇気が薄い。
これが・・・竈の神の失態ではなかろうか?
例えば、ある人間の定めが死を暗示していた時
竈の神は、なんとかして、思い、因を変えて
変転させようとするのでなく
八代神の閻魔帳・・人の寿命とか・・
そういうのを書き換えたのではなかろうか?
根本を変えようとせず、寿命を書き換えよう、ということは
おもってはいけない事だろう。
だが、その人間を何とかして引っ張り上げてやりたいと
逸った」
「思いを見定めるは、八代神の定法・・・
その人間の思いを変えてやることが出来なければ
諦めるしかない。
娘婿の竈の神は、その苦しさに負けてしまった・・」
「そういうことだと思う。
そして、地、に落とされ、
人間の行状をたんたんと
八代神に報せる・・・
それが、罪の償いであるとともに
それでも、人間をなんとかしてやりたいという思いにたったとき
思いを換えることが、できる竈の神の器が必要だと・・・
きがついてほしいというのが
八代神の思惑ではないかな?
それを、今回の犬神のことで、
竈の神に見せてやってくれという親心だろう」
「確かに・・・。
白銅も
ー思いを救わねば本当の救いにならぬー
と、思わされております」
「そうだと思う・・・」
犬神の怨恨の想いを
どうすれば、変えてやれるか・・・
塞ぎをする犬神に、ちかづく術がないなら
白い犬の怨恨をなくさせる?
と、思い付きはするが・・・
やはり、どうすれば・・・
「善嬉・・・おそらく察しがついている・・」
「みなまで言うな。わしも、都にゆく。
それで良いのだろう?」
「私も・・・参りましょうか?」
尋ねた澄明の脳裏に竈の神の姿が浮かぶ。
姿を現せる場所が白銅と澄明のくどしかないのかもしれないと
気になって、善嬉に尋ねた。
「とりあえず・・・良かろう。
竈の神はお前の思念を読んでいるだろうが
おまえの家のくど・竈を通してのことだろう」
そうだろうと思う。
その家の竈でその家に住む人々の行状を知る。
そういう役目の方が強く働くとおもえた。
善嬉も、舟で行くだろうが、
むこうには、舟が一艘。
三井寺の船場に留めてある。
と、なると、
帰りの無駄を省くためにも
善嬉は、船頭を見つけるだろう。
そして、白銅が借りた舟で帰ってくる。
ー無駄を嫌うのは、良いのだが
時に、無駄を楽しむ気を持ってくれればよいのにー
と、澄明が思ってしまうのは
善嬉が、恋さえ、無駄と考えているように見えるからだが、
この前の妙に、気色ばんだ善嬉の様子を考えると
好いた女子でもできたか と、思わぬでもない。
気にかかるが、善嬉の問題でしかない。ゆえに、読むまい。
澄明は善嬉の元から帰ってくると
くどに、はいっていった。
竈に火を入れ、湯を沸かす。
白湯ひとつに、火をいれるのも大仰であるが
竈の神が現れるか、待ってみることにした。
白湯の湯のみをもって
白湯をすするころに、
やっと、竈の神が現れた。
「九十九善嬉のいうところは、八分がた、おうておる」
澄明を読み下すのに、時がかかったらしい。
「銀狼が、山の神の娘に懸想し、
娘、たつ子が沖の白石になりかわり
山の神が、銀狼を死ねぬ体にしてしまったわけですが
確かに、たつ子を永久、銀狼が思って居れば
次の犬神が現れない。
人間を苦しめない代わりに、
たつ子は、白石のまま
あなたは、その方が良かった、と、いうのですね?」
「人間の一生は、短い。
そして、代を継いでいくが、
何代にわたり、何人もの 人間が
犬神に翻弄される。
だが、たつ子なら、たった一人で
何百年・何千年も 永久に
銀狼を繋ぎとめて置けた」
確かに、竈の神の言うことは事実だ。
「それは、山の神も承知のことだったのですか?」
「娘かわいければ、人間の思いも察せよう?
同じ目に合うもの達を思うて、あえて、
銀狼を不死身にする呪詛をかけた。
山の神が、銀狼の不死身を望んだのは
たつ子もまた、そう思ったからでないか」
「あなたは、山の神が呪詛の願を
八代神に願い出たのを知っていたのですか?
見たのですか?」
「おまえ?」
と、驚いた声音をあげた。
「おまえ?八代神の差配のありようを知っているのか」
「千年前に、白峰大神が
私との婚を、八代神に願掛けました。
そして、千年前。
白峰と黒龍で、きのえを奪い合い
きのえの父 勝元が、
きのえの魂をふたつに分かち
一方を黒龍の差配
一方を白峰の差配
そうすることで、人の世に
双神のあふりの害がおよばぬようにと
八代神に願い出たのです」
「な・・・なんと?」
「ですから、私は言い換えれば
沖の白石になった、たつ子の様なものでした。
白峰がかけた千年の願の成就のときにこそ
その成就を打ち破ることが出来た。
けれど、あなたのいう解決では
たつ子は、一生、永遠に沖の白石のまま。
それは、本当の解決ではない」
竈の神によぎった疑念が口をついて出た。
「おまえ・・なぜ、白峰大神の婚を破った?
人間が神あがりするというのに
永遠の命を得るというのに・・なぜ?」
「おかしなことを。
あなたは、先に言った。
人間の一生は短い。
だから、たつ子が犠牲になっていればよかった。
そのように、人間をいとおしむ気持を持っていながら
神あがりを喜ばぬはおかしい、と、おっしゃる」
「確かに・・おかしなことをいうておる」
かんがえこみそうになる竈の神を制した。
「私にとって、神あがりは
ー犠牲ーで、しかない。
たつ子も、また、犠牲でしかない。
私が、人間で居たいと思ったのは、
父 正眼 の慈しみがあったからです。
たつ子もまた、父 夫 子供
色々な情愛を持っていたはずです。
私が人でいたかったように
正眼の娘でありたかったように
たつ子もまた
元の自分に戻りたかったはずです」
「それでは・・犬神が・・」
人間を苦しめる。
「ですから、元の犬神に戻した今。
犬神に「憑く」ことを
やめさせられないか
それを今
私たちが奔走しているのです」
「犬神に「憑く」ことを、やめさせられないか だと?
そんなことができるものなら
たつ子を白石にかえさせたりするものか」
「ですが、八代神は、きのえの魂をふたつに分けるという
勝元の願をうけた」
「同じだろう?山の神の願を受けた・・・」
「いいえ、千年後を量りにかけていましょう。
そして、転生の時に、あえて、
いづなを銀狼にしたてあげたのが八代神です。
いづな なら、雷神が救おうとするし
私が動く。
それをみこして、いづなを銀狼にしたてあげたのですから
元々のいづなにもどるのも、量りのうえ」
竈の神が思い当たった。
「それでは、八代神は、はじめから
犬神をなんとかしてやろうとしていた・・と、いうことか」
「よく目を繰り合わせたと思います。
私・・いえ、私たちでなければ
犬神を変えられない。
私たちという駒が揃うまで、八代神は、待ったのでは?」
得心したか、
竈の神の姿が竈の中に揺らぎ始めていた。
澄明の式神により、善嬉が来ると知らされた白銅は
その由と善嬉とともに、
榊十郎の息子、縅之輔に逢おう と、法祥に伝えた。
「わざわざ、逢わずとも、陰陽術で読むことができるのでは?」
ー読むーと、いうことを、簡単にできると考えるのは
仕方が無い事である。
「直接、白い犬が縅之輔に、憑いていいるのなら、
それもできる。
が、縅之輔の前世がひょっくり顔をだしたというより
血の中に溶け込んだ前世の思いが、白い犬の存在を匂わせているだけだから」
「だったら・・・善嬉さんがいらっしゃっても・・」
「そこが違う。善嬉は、前世を読める」
「逆をいえば、白銅さんや澄明さんは、前世までよめないということですか・・」
「そういうことだ」
善嬉が自ら明かした事実に寄れば
善嬉の前世は鬼だった、という。
鬼の妖力をもったまま、苦しい修行を積んだのも
来世には「人間になりたい」、その一心だった。
そして、死の間際に救世観音が現れ
生まれ変わったら 人間になっていた上に
修行で得た法力やら 鬼の妖力を継いでいた。
そうなれば 陰陽師に成るのが良い。
と、九十九の守家に勧められ 九十九の養子に入って
跡を継いでいる。
九十九の守家も跡が無かったので
双方ともに、安泰となった。
その善嬉が、やってくれば
白い犬、もしくは 白い犬に関わった縅之輔の前世を
読み下すことが出来るだろう。
「それで・・・解決するのですか?」
法祥が問い直すことは、あるいは核心をつく。
「それは、判らない。読み下すだけでは、むつかしいだろう。
白い犬の存念を、晴らしてやらねば・・・」
「存念って、どういうことです?」
伊予の存念・八十姫の存念 孝輔の存念・・など
晴らしてきた法祥だれば、存念ということは判る。
だが、白い犬に存念があるということは、知らない。
「ああ・・善嬉がすでに、読んでおってな」
と、善嬉が読んだ、縅之輔の前世と白い犬のいきさつを
法祥に話した。
聞き終えると
「やっかいですね」
と、法祥がうなだれた。
伊予の亡霊と、法祥は話すことが出来た。
伊予という伝手があって、 八十姫たちも浮かばれた。
いわば
白い犬と縅之輔の前世と話ができるなら
善嬉も、伊予の如く 伝手になれるだろう。
だが、その伝手になる「話しあえる」か、どうかが判らない。
「だから・・直接 逢ってみるしかない、と、善嬉が判断したのだと思う」
「なるほど・・」
「まず、縅之輔を探してみようと思うのだ」
ふむふむと頷くと 法祥は歩みだした。
「まずは、人づてに・・」
にこやかに笑うと、一件の飯屋を指さした。
飯屋にはいると、
白銅は驚かされる。
やけに、店主が丁寧なのだ。
驚いた顔の意味を察した法祥は
店主の丁寧さの理由を話す。
「坊主には親切にしておくと
あの世での扱いが良くなる、と、信じられているのですよ」
「ほおお」
間の抜けた返事しか出てこなかったが
思うところはある。
寺ばかりある。 神社も多い。
ーどうせ、鎬を削るに都合の良い風聞をたてたのだろうー
「誰が吹聴したか判りませんが・・」
と、法祥も作られた話であると認めた。
だが、そのおかげで、
榊十郎の息子、縅之輔の居場所も簡単につかめそうである。
茶を運ばれると まもなしに
食事・・いや、飯と言った方が良いだろう。
青菜の浸しに香の物、根菜の煮物 それに 飯。
ー坊主に合わせて、精進ものばかりか?ーと、
思わぬでもないが、この際 致し方ない。
それに、食事が目的ではない。
飯を運んできたのも、店主であるのは
やはり
ー我が、坊主の接待したぞーと
いうことなのだろう。
その店主に法祥が尋ねだした。
「鴨川の河川敷で榊十郎という男が
人をあつめていたのだが・・・」
一言切り出しただけで
店主は堰を切ったかのように話し始めた。
ー坊主の尋ね事に答えるも、功徳ということかー
笑いをかみ殺しながら白銅は
店主の話を聞き続けた。
「ちょっと前に 口入屋でずいぶん繁盛して
羽振りが良くなったんですよ。
そうしたらね、男ってのは、
余分な金ができると、余分な事をかんがえちまう。
長い事連れ添った女房をおいだして
小料理屋の女将をひっぱりこんでしまってね。
羽振りは良いが
家の中は無茶なことになってしまって・・」
「女房さんは? 」
「息子さんがいらしてね。一緒に出て行って
伏見に近いところで小間物屋で食っていってるようですよ。
息子さんは、手のよい彫り物をつくるので
引き手があって、
おっかさんが、一人じゃ不用心だと
小間物屋の奥で、なにか作ってるようですよ」
「と、いうことは・・・
息子さんというのは、一人息子?」
「いやあ、娘さんはとっくに嫁にでていて・・
女房さんを追い出したのにあきれはてたか
十郎さんとこには寄り付きもせず
女房さんのところには顔をだしているようですよ。
十郎さんは
外面は良いが・・内面がわるかったのかねえ
積年のうっぷんもあったのか、みかねることもあったのか
むしろ、息子さんと二人で暮らすのを喜んでるようにも見えましたよ」
「そうなのですか」
「いくら商売で儲けて、善人のように客に接していてもね
自分の女房を大事にできないようじゃ
いい目にあいはしないと私はおもうんですがね。
お坊さんも、それを見抜いて心配されているのでしょうが・・・」
「まあ、そこにお気づきであるのなら
そこを戴いておきましょうよ。
人のふり見て・・といいますから
ありがたい経本を見せてくれていると・・」
「そうですね。元々、十郎さんは人に好かれる性分を持っていて
それだけに・・残念で」
「判ります。が、こればかりは・・・」
そうですよね。と、店主は自分にいいきかせるかのように
口の中で小さくつぶやいた。
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