憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―理周 ― 11 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:40:57 | ―理周 ―   白蛇抄第12話

いつのまにか、雨は降り注ぐ。
琵琶の岸辺に立つ、理周の肩もすっかりぬれそぼり、
こ糠の雨は、髪に絡みつくと珠を結んだ。
額を伝いおちた雫は顎をなぞり、理周の泪に溶けた。
いっそ、しんでしまおうか?
湖はおいでと波を引き、来るなと波を寄せた。
母はしあわせだったとおもう。
死ぬ事さえこわくなかっただろう。
理周には母のような想いという浄土もない。
この世に生き、この世を去る間際まで、母は寂しい女だった。
一度(ひとたび)生を手放そうと考えた理周は、
母ほどにも幸せな自分でない事に気がつかされた。
寂しさだけの哀しい女であっても、母は女であった。
理周の身体を舐めた男。
理周が彼等にとって、女でしかないこと。
兄を失った時、同等に理周を女と見る父を捨て去る。
理周は女でしかない。
彼らは理周を女としかみない。
貴方達の望んだ事はこれなのですよ。
彼らの望んだものがなんだったかをみせつけることだけだった。
そして、理周の心の中に父も兄もいなくなった。
いたのは、これ・・・。
足首まで伝う破瓜の滴りがまだ、とまらぬ。
理周の心の傷がしみだしているようである。
うずくまるまい。
惨めに泣くまい。
寂しくなぞない。
立ったまま、理周はあしくびをみた。
女である事を見せ付ける血の滴りがおそろしい。
障りを迎えたときよりもっと疎ましいおそれがある。
そっと、足を踏み出した。
湖の波で足をあらってやろう。
立ったまま、理周は波に足を洗わせた。
だが、それがよかったのか、わるかったのか。
理周はそのまま沖に向かうように見えた。
「理周さん?」
入水するわけなぞわからぬが、
理周を背中から抱きとめ岸辺に引っ張り上げた男がいた。
「何をなさる?」
死ぬ気なぞありはしない。
理周はほうけた顔で男を見た。
見られた男も気が付いた。
「ち・・ちごうたのか?」
それにしても、夕刻迫る浜に一人ぐしょぬれになった女が
湖に足を入れていれば誰でも、すわっとおもう。
冷たく青ざめた顔の理周が、死を掴もうとしていなかったとしても、
死の方が理周を掴んでいたであろう。
「どう・・して?」
尋ねかけた不知火は理周の足元を見た。
理周の素足がみえた。
湖から引いた時足駄がぬげたのだ。
ひょいと湖に足駄をみるつもりであった不知火の目がとどまった。
血がおちてくる。
不知火の見ているものに気が付いた理周は
不知火の目から悲しみの痕を庇うようにかかがみこんだ。
かがみこんだ理周の身体がゆれ、意識がうすらいでゆく。
「理周さん?」
理周に何があったか悟った不知火はであった。
どういうてやればよいか、惑うまもなく理周の様子に異変をさっした。
理周は沈み込んでゆく意識の中で不知火に担がれる自分を感じた。
理周の意識を消す高い熱があった。
それは、現から逃げえない理周に与えられた加護におもえた。
屋敷に理周を連れ帰ると不知火は澄明を呼んだ。
式神というものほど便利なものはない。
大方の事情を知った澄明は着替えを携えて不知火の元に現れた。
「理周さん?」
陵辱に晒された女は、病に逃げ込むしかなかった。
精神をくたびれさせた理周の身体は熱にうなされていた。
生死を彷徨わせることで、
もう、一度生きる事をえらばせようというのである。
「のさりです・・ね」
神の試練。いや、生きる事への執着を与える神の慈愛といっていい。
「むこうにいってください」
濡れそぼった着物は既にぬがされ、
不知火の夜着をどうにかまといつけるように着せ掛けてはあったが、
理周の身体の傷をどう、手当てすれば良いか。
女子の身体なぞにたじろぐ年齢でもない。
それどころか、新町で女子をよく知る不知火ではある。
が、それは、女として求める女子のことであって、
こういう場合はしらぬ。
ましてや、陵辱の後。
同じ男に触れられたくもなかろう。
かといって、濡れた着物のままではいかぬ。
迷っている場合ではないと、素裸にして布団の上によこたえた。
それでも、出来るだけ理周に触れぬようにと
乾いた不知火の襦袢にくるんでやるしかなかった。
細い身体の中心から赤い痕が滲み散るように襦袢にしみだしていった。
「むごいことを・・・」
夜着を重ねると布団をかけてやった。
手拭いを湿らせ、額においてやって、
澄明を待つしかなかった。



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