「でていった?」
艘謁に告げられた事実は腑に落ちない。
理周ではない。
何故、父が理周を黙ってでていかせた。
晃鞍が、したことは理周をおいつめただけであるのか?
項垂れる晃鞍に艘謁は言葉を選びながら話し出した。
「理周は男をうとんでいたとわしは思うておった」
えっと小さな声が晃鞍の喉で飲み込まれた。
「しかし・・違った」
晃鞍は父の言い出す言葉を待つ。
「あれは・・・自分が女である事をうとんでいた」
男という生き物がいる限り
いつかは理周は理周でなく、女という生き物にならざるを得ない。
「あれは・・・。母親の生き様がこたえていたのだろう。
どんなに悲しかろうと女であった母親があわれだったのだ」
母のように、想いをもつ。
これが女である事の悲しさ。
男という、片割れしか女にはいないのだろうか?
理周は一生、笛をふいていきてゆこうとさえおもったことだろう。
が、十三の理周は既にこの先の自分に女が用意されている事を悟った。
悟らせたのは艘謁だろう。
理周を自分の側から離した。
理周の中の萌え芽でしかない女を追う男がいる。
艘謁は、たった十三の理周に対峙する自分の中の男が恐ろしかった。
理周は聡い娘だった。
今更ながらにそういえる。
理周は艘謁の底を知ると素直に堂をでた。
だが、その時にはっきりと理周は、自分が女でしかないことも悟った。
「理周はどこにもいかぬと、いうた」
晃鞍の声が震えていた。
「そうだ。そのとおりだ。あれは女である自分を託せる相手が
おらぬのだ」
つまり、晃鞍は理周にうけいれられたわけでない。
「うそ・・だ」
「うそではない。あれは自分の女を誰にも渡せないのだ」
身体という、女を抱かせる事をいくら赦しても
理周の心は女になろうとしない。
女の心になりきる事を理周はおそれていた。
理周は理周だけでありたかった。
「わしも、お前も・・結句。理周を女としてしか見ていないのだ」
「父上?」
今、父は何を言った?
「わしもお前も理周という、女の身体をなめあげることしかできない・・男なのだ」
「ど、どういう・・ことです?」
「薬師丸にだかれても、お前にだかれても、わしに抱かれても、
理周は自分の女をうとむことしかできない。
女にならせたい男の勝手を理周はうけてみせはするだろうが、
心の中で、己が女である事をいっそうにくむだけなのだ」
だれも理周の心をつつむことができない?
男に愛される自分が、女である事を喜び、
女に生まれてよかったと思わされる男を心に住まわす事が出来ない?
「ぁ・・兄でしかないというか?
ここまで来て、それでも兄でしかないと言うか?」
いや。それさえ、失った。
そして、とっくにこの父は娘を失っていた。
すでに、娘としてさえ理周を見る事が出来ない男がいた事を
晃鞍にさらけ出していた。
「理周は・・どこに?」
「わからぬ」
首を振るしかない。
雅楽の仲間をたよりにはすまい。
あるいは同じ強要を受けるだけかもしれない。
それに。
「薬師丸様のところへもゆきたくない・・だろう」
薬師丸の手の届かぬ所をさがすことだろう。
すると、理周はどうやってくってゆく?
いや、それより、やはり、どこへゆく。
行く当てさえない理周。
「私が・・理周をおいつめなければ・・・」
理周が薬師丸をことわったとしてもここにいられた。
「なった事をきにやむな。これが結果なのだ。
九つの理周を拾ったときから既に仕組まれていた結果なのだ」
「そんな言葉で私が・・」
「癒されようが、傷ついておろうがかまわぬ。
だが、これが結果なのだ。理周は出てゆくときをむかえた。それだけだ」
「執心でしかないと?」
「やぶさかだがの」
「え?」
「理周には、お前もわしも同じ。男でしかない」
ちらりと、晃鞍を見ると艘謁は一気につげた。
「理周はお前と、わしの、執心を見事に拭いきった吉祥天女だった」
「あ・・・あ・・・」
女煩を侵した、同じ血の繋がりはまた同じ女を犯さしめた
と、いうことであった。
晃鞍は恐ろしい事実に胸を塞がれていた。
父を責めるなら、またおのれもせめられよう。
理周に男として対峙したのは、自分である。
理周、哀れ。
女としてしか望まれない自分になって見せるしかない。
晃鞍を受け止めるしかなかった理周がまた、艘謁を受け止めるしかない。
やりきれない。
いっそ舌をかんで死んでしまいたい思いを引きずりながら
理周の小屋に入った。
悲しい痕が残ったまま、理周はいなかった。
押入れの行李をさぐっても、あたりをもう一度念入りに
見渡しても理周の横笛だけがなかった。
もう。理周の笛の音さえ、聞こえなくなる。
たたみに手を突くと
晃鞍は大きく手を広げた。
このあたりに理周はよく座った。
いなくなった理周の幻さえもつかめない。
晃鞍は慟哭を押さえようとはしなかった。
理周の女を感じ取った確かな喜びと引き換えに
理周を失った己のおろかさに、
みじめったらしく、見栄を張る必要もない。
大声を上げ、おもいきり、晃鞍は自分を憐れんだ。
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