程なく澄明は隣室をでてきた。
「手数をかけさせたの」
「いえ」
「どうかの?」
「ここ、三日四日。熱が下がれば人心地をとりもどせるでしょう」
痛い傷がある。
「なってしまったことは・・・とりかえせませぬ」
そうであるが・・・。
不知火を見詰た澄明がふとほころんだ。
「だいじょうぶですよ」
優しい男である。
雅楽の席で見かける少女を不知火も澄明もしっていた。
むろん、理周もこちらをしっている。
「それで・・このことは・・」
理周の父である洸円寺の艘謁にしらせないほうがよい。
読んだわけでない。
陵辱の痕をだいて、湖に飲まれかけた理周である。
艘謁の元に返れないということであろう。
さすると、理周をなぶったのは、寺のものか。
あるいは艘謁か。
理周は不知火に考え付かせる事が出来る、女の身体をしていた。
細い身体に女がいる。
哀れにもそれを掴み取ろうとする心に負けた者がいる。
「ええ」
誰にもいいはしない。
「おちついたら・・・」
「はい?」
「おまえのところで・・・」
理周をみてくれぬか?
理周を拾い上げたのは自分である。
当然行く当てもない理周の落ち着き先を考えてやらねばならない。
新所帯の澄明にたのみたくはないが、
いかんせん。不知火も男である。
「あ。ああ」
不知火の懸念が可笑しかった。
「不知火はそのような男では御座いませんでしょうに」
「わしがおもわんでも、理周がおもうわ」
不知火が男である以上、理周は恐れをおぼえるだろう。
「そうでしょうか?」
「お前は、初手からおなごじゃから・・・わからんわの」
「はい?」
初手から白峰の男を抱ける女子だった。
男に抱かれる女だった。
「わしが・・」
「なんですか?」
不知火が言いたい事が見えない。
「つまり、わしが抱いても、お前は女になる。そういう類なのじゃ」
ほほを染めて一気に言い放ったが、澄明には、わからない。
女子には二種類ある。
一つは不知火が通う新町の女子。
澄明の類はむしろこちらに入る。
身体ごと心ごと女になって男を受け止める事に得てる女である。
一方で、女になれない女がいる。
賢壬尼もそうであるかもしれない。
もっと砕けた言い方をする。
「男が要る女と要らぬ女がおるのだ」
さらにいおう。
「男に抱かれたい女と拒む女がおる」
「はあ?」
「男によって己の女をしらされる。それが無常の喜びになる女と」
「わかりました」
端にいいかえてみているが、早い話。
男の一物が要るか、要らないか。
「私は淫乱な性をぐゆうしておると」
「あ、いや・・そうではない」
ことばをにごしていると、
「不知火は女子にほれた事がない・・そういうことです」
「な・・・」
暗に新町に通う事を揶揄されている。
「女子に惚れるという事は、だかれたい女子をもとめることです」
その男に応える女は二人をつなぐ、男の品物さえもいとしい。
「ふ・・ん」
理周の相手が自分の女子で受け止めたい相手でなかっただけでしかない。
「だったら、なおのこと」
理周をここに置くわけにはいかない。
「不知火は・・」
言いかけて、黙った。
「なんだという?」
「理周を欲望で抱く女子にはしないでしょう?」
「そうだが」
話が振り出しに戻った気がした。
「だったら。理周の傷を癒せる事になると思います」
「はあ?」
「それとも、理周が居たら、新町にかよいにくいですか?」
「ば、ばかもの」
澄明のいう事が少し読めた。
男が女を見れば、一物を宥める対称にしかみない。
どの男にとっても女はそうだという思いが理周にあるということである。
「あたら・・美しくうまれてしまったばかりに」
男の瞳の底はいつも、理周の女をねめつけまわしていた。
裏を返せばその美しい理周に女を捜さない不知火である。
男の好いたらしさはさっさと、新町でひねりつぶす。
「ふうん」
「だから・・余計な心配をなさらなくていい」
むしろ、不知火のさばさばした欲望の肯定と昇華は理周を安らがせる。
澄明にはそんな気がしてならなかった。
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