憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

ロビンの瞳・・7(萩尾望都 ポーの一族より)

2022-12-12 13:11:04 | ロビンの瞳(ポーの一族より)

並びたつ本棚を直射日光から保護するため、天井近くにいくつもの小窓がつくられ、屋根のひさしが書庫への直光をふせいでいた。

アランの背中越しにあたりを伺うキリアンに

懐かしいあるいは、憎い、エドガーの声が聞こえた。

「やあ、キリアン。熱心なおいかけに感謝するよ」

エドガーの声のあたりに銃口をむけなおしながら、キリアンはエドガーを捜した。

エドガーをみつけたキリアンの指は引き金をひくこともできず、エドガーに照準をあわせるしかできなかった。

「キリアン。ぶっそうなおもちゃはしまっておかなきゃ。ジャニスまで、撃ち抜いてしまう」

エドガーはソファーに座っていたが、その腕に半裸身のジャニスとやらが、抱きかかえられいた。それは、エドガーを擁護するかのようでもあったが、キリアンは、故に引き金をひくことができなかった。

「キリアン。交換条件だ。ジャニスを渡そう。かわりにアラン・・を・・」

エドガーの交換条件はあまりにも呈がよすぎた。

「そ・・そいつは・・」

ジャニスはエドガーの腕の中でぴくりとも動こうとしなかった。

昏睡か気絶か・・いずれにしろ

それは、つまり、エドガーに血をすわれたということになる。

「そいつ?ああ、ジャニス。ジャニスがどうしたっていうわけ?」

「仲間に引き入れたのか?血をすっただけなのか?」

キリアンが尋ねることはあまりにも底がみえていた。

「キリアン。相変わらず、熱血漢そのままが、ストレートすぎるよ。仲間に引き入れたといえば、君はジャニスを殺すしかなくなる。殺すしか無い相手を交換してもしかたがないだろう?そうしたら、君は僕を撃つ」

「それは、血をすっただけだということなんだな?」

尋ねながらキリアンは、皮肉な笑いにむせ返った。

「お前のいうことが、本当かどうかなどわかりゃしないんだ」

エドガーはキリアンの言葉に軽く目を伏せた。

「そうだね。どちらか、判らない。君が自分で確かめるしかない」

アランの耳にキリアンの歯噛みする音がきこえてさえいた。

キリアンはしばし、黙考していた。

アランの言い草を信じれば、ジャニスは間違いなく、仲間に引き入れられたための昏睡ということになる。

どのみち、ジャニスが目覚めた時・・・。

それを狩るのは、キリアンしかいない。

だが、万が一、エドガーがキリアンの侵入とアランの拘束を判っていたら

交換条件の為に、あえて、血しか吸わなかったかもしれない。

「キリアン。このさい考え事はあとにしよう。僕にはもうひとつの選択肢があるんだ」

「もうひとつの選択肢?」

「そう。ヴァンパイアは、血を吸うばかりじゃない。手から、エナジーをすいあげることもできる」

ジャニスのうなじあたりにエドガーの手がのびていった。

「確実に殺せる・・・」

ぐっと瞳をとじ、思い切りあけるとキリアンの決断が口をついた。

「判った。アランを渡す。だから・・」

「ジャニスを殺すなと?キリアン、賢い選択ではあるけれど、もうひとつ、押しがたりない」

ぐっと、歯噛みの音がきしむと、キリアンは銀の銃をエドガーのソファーに滑らせた。

エドガーがジャニスを離し、ソファーからたちあがると、瞬時、二つの影が交錯した。

エドガーはアランの元へ、

キリアンはソファー近くに滑り込んだ銃をひろいあげるためだった。

 

キリアンが拾い上げた銃をかまえた時、その銃口の先に二人の姿は無かった。

 

書庫を抜け出し、駅に向かう二人は、たった、一言で、くずれそうになる涙の元をこらえていた。

「このまま、行く?」

アランの問いにエドガーはかすかに空をみあげた。

それは、決め事をもう一度、胸の中で捉えなおしているようにみえた。

「行く・・しかない・・」

キリアンはジャニスに二人の正体を話すだろう。

「どのみち、長くはいられない・・」

成長しない少年がひとところにとどまっていられる期間はどの道、短い。

「うん・・」

判っていることだけど、流浪の民は、定住の場所のないことに、翳った笑いを浮かべる。

黙りこくって歩く駅まで道のりがひどく遠く感じられ、アランはやけに饒舌になっていた。

「キリアンが・・やってくるなんて、思わなかったよ」

そうだね、と、答えるかわりにエドガーはまなじりあたりをぬぐった。

「なに?」

エドガーの涙のわけが、アランが感じている寂寞の理由とおなじなのか、アランは尋ねてみたかった。

「僕たちを、追いかけてくれる相手が、キリアンかと・・思ってさ・・」

慕われたいという思いもすべて、封印してきた。

一箇所に長くはいられない、人間でない存在は一人の人間と深く関わることはできない。

たった、ひとり、その禁を破って、逢いにいったロビンはすでに、この世の人ではなくなっていた。

「皮肉なもんだよね・・」

結果的に、ロビンが、深く関わる存在、キリアンと引き合わせてくれたようなものだった。

「キリアンが、僕たちをにくむのは、仕方が無いことだと、思うけど、キリアンは、マチアスのことを、どう、思っているんだろう・・」

アランの饒舌はとどまることなく、エドガーは、心の底をのぞきこみながら、アランに答えていた。

「どうって?」

「だから、つまり、マチアスが、キリアンを襲ったのは、どっちだと、キリアンは思っているんだろう」

キリアンが、どう結論づけて、二人をおいかけまわしはじめたのかは、判ることではない。

「判らないよ。ただ、キリアンは、マチアスを人でないものにした僕を殺したいだけ・・」

「僕たちを・・だろ?」

「そうだね。僕たちが存在するということ自体が、キリアンにとって、親友であるマチアスを死なせた理由を空虚にさせる。その空虚をうけとめられなくて、キリアンは、僕たちを消滅させたがってる」

「もしも、僕たちを消滅させたら、やっぱり、キリアンは自分を撃つんだろうか・・」

「多分・・ね。マチアスを殺した理由をキリアンは自分にあてはめるだろ。妙な正義感でね・・」

「人でないものの存在を許さないという「さばき」は平等に自分にもかせるって・・こと?」

「多分・・そう・・」

「そう・・?じゃあ・・今頃、キリアンは・・・」

昏睡におちたジャニスの傍らで、キリアンは究極の覚悟をつけようとしているだろう。

「どっちにしろ、キリアンは覚悟をきめるだろう。もしも、ジャニスが人でなくなっていたら、マチアスを殺した理由で、ジャニスを殺す。じゃ、なければ、マチアスを殺した理由が崩れ去る。だから、すぐに、覚悟はつくだろう」

「そう?そして、また、空虚を抱きかかえて、僕たちのせいにして、僕らをおいかけまわす?」

「多分・・ね」

「それって、少し、嬉しい?」

「僕が?なんで?」

「だって、エドガーは、キリアンによく似てる」

「僕が?キリアンに?」

「そうさ。空虚を抱きかかえて、他の人を犠牲にしようなんてところは、実にそっくりだよ。同病相哀れむ。キリアンだけが、エドガーの気持ちをしっているのかもしれないね」

アランの針がエドガーの胸に刺さってくる。

うつむいたエドガーだったが、それは、アランの言葉をみとめたことにもなった。

「ジャニスは・・・仲間にひきいれちゃいない・・」

エドガーの弁明はアランのいう「他の人を犠牲にして・・」という言葉に対してだった。

 

アランの足取りがおちると、目前に駅舎がみえた。

 

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿