アランの足取りより先を歩いていたエドガーがアランを待った。
「どうしたのさ?」
アランの足取りの重さをエドガーは言う。
「ジャニスを仲間に入れなかったって、言ったね・・」
軽くうなだれて、エドガーはアランの言葉にうなずいた。
「それで・・足取りが悪くなった?って、こと?なんでさ?」
「君は・・・結局・・ジャニスにロビンを重ねようとしていただけ・・ってことになるかな・・」
エドガーを君と呼ぶ時、アランは、胸の中におしかくしたものを開きだそうする。
「なにが、いいたい?」
エドガーの瞳に険悪な光が浮かぶ。
アランはその冷たい光にひるむことなく、言葉を続けていた。
「いい加減にあきらめたら?ロビンは死んだんだ。
ーおにいちゃんたち、また、逢える?-
君はその言葉に呪縛されているんだ。
それは、君がメリーベルを護れなかった・・その・・代償にしかすぎないって・・」
アランの頬へエドガーの平手打ちを覚悟したまま、アランはかすかに、自分の頬を手で覆った。
それは、エドガーのふりあげた手をとめさせるに充分なアランの挙動だった。
ふりあげた手を自分の左手で押さえると、右手は力なくさがった。
「ぶちゃ・・しないよ」
「かまわないよ・・」
エドガーの哀しい傷をつつきまわす当然の代償だとアランは言う。
エドガーの瞳から険悪な光が消えると、アランをみつめる瞳に蒼い雫がうるんでみえた。
「確かにアランのいうとおりさ」
素直にアランの言い分を認めたエドガーだったけど、アランは、まだ、口にふくんでいるものをはきだしはじめていた。
「なんで・・・。キリアンに本当のことをおしえてやらないのさ・・」
「・・・・・」
「マチアスを何故、仲間にひきいれようとしたのか、僕はおぼろげには、わかっているさ。
だけど、マチアスじゃ、因子をおくりこむほどの能力はない。
ましてや、めざめたばかりのマチアスには、到底無理だ。
この僕が、まだ他の人間を仲間にしたてあげられないのと同じようにね。
だから、キリアンが因子を恐れる必要なんかない。
だのに、君は、キリアンの不安を逆手にとって、キリアンを追い詰めている。
キリアンも自己暗示にかかって、神経を病んでるんだろう。
成長が止まっているように見えるけど、成長していないわけじゃない。
なのに、君はなぜ、キリアンをおいつめる?
僕は、それが、いけないとか、そんなことをいってるんじゃないんだ・・。
なんで?
それが、判らないだけ・・」
エドガーは今一度、空を仰いだ。
「結局、君はキリアンの思いの中に住みたかっただけじゃないか・・」
「アラン・・」
「いずれ、死んでしまう人間でも、関わりをもっちゃいけない人間でも、せめて、心の中に刻み付けられたいって、君が望んだんだ」
「・・・・・・」
「本当なら、キリアンこそ、仲間にひきこみたかったんだろう。だけど、それをしたら、キリアンは、間違いなく、銃で頭をぶちぬくさ。僕らを、ヴァンパイアを否定するキリアンにこそ、君は君を認められたかった。慕われたかった。そういうことさ」
「・・・・・・・・」
「ロビンを逝かせた復讐?マチアスを散らせた仕返し?
そうじゃないさ。
護ってやれなかったメリーベルへの哀悼そのまま、同じ形で、君はキリアンを護らない形で扱うことが、君の愛情表現さ・・。
キリアンが、人でないものを否定する。自分がそうであってもね。
君はそこまで、はねつけられたことに、自分の存在価値が希薄になったんだ。
だから、マチアスを仲間にひきいれようとした。
はねつけない。慕ってくれる。
マチアスを殺したのは、エドガー、君でしかないんだ。
キリアンへのゆがんだ反抗でしかない・・」
エドガーの重たい口がやっと、開かれた。
「百歩譲って、僕がキリアンへ異常でゆがんだ関心をもっていたとして、
それが、どうだと言う?」
「別に・・。君がどう思おうと、キリアンは僕たちをおいかけまわすさ。
キリアンが事実をしったところで、やっぱり、それはかわらない。
だけどね・・・」
「だけど・・?なにさ?」
「現実がどんな形にしろ、キリアンの心の中に住んでいるのは、事実だろ?」
エドガーが薄く笑った。
「確かにね。キリアンの因子より、根深いかも・・」
アランは、くすくすとこぼれおちる、エドガーの笑いをききながす。
「現状がどんな形であっても、君はキリアンの心の中に住んでいる・・。それを君はそのままに受け止めている。なぜ、キリアンに対して、そうできるわけ?」
アランの言う意味合いが掴み取れず、エドガーの瞳が宙を切った。
「判りやすく言おう。キリアンにはそうできるのに、何故、ロビン・・には、それができないの?
何故、ロビンの代わりを求めようとするの?
ジャニスを仲間にしなかったのもそうだろう?
彼じゃ、ロビンの代わりにならない。
当たり前のことを、君は追い求め、その結論に打ちのめされる。
いい加減にあきらめなきゃ。
ロビンは君の心の中に住んでいるんだ。
代わりなんか、居るわけがないんだ・・」
言いたいことを言い終えると、アランはエドガーの返事を待たずに足早に駅舎の中にはいりこんでいった。
駅舎に先にはいったアランの横をすりぬけざまにエドガーはつぶやいた。
「だけど、僕らが生きていれば、キリアンも生きていられる。そういうこと」
エドガーの言うとおりだろう。
二人を撃ち抜いてしまえば、キリアンは自分の頭に銃を押し付ける。
よしんば、アランの言うように、因子を恐れる必要がないといったところで、
どこまで、信じるだろう。
マチアスがキリアンを襲ったのを、キリアンは仲間にひきいれようとしたんだと、思いたがってるに違いない。
マチアスが、キリアンを獲物にするとは、信じたくないに決まっている。
そして、何よりも、そうであるのなら、マチアスは「醜悪な魔物」として消滅したことになる。
キリアンはそれを一番望んじゃいない。
心優しき庭の番人、マチアスは、キリアンと共に生きたかったんだと、キリアンは思いたいんだ。
だけど、キリアンが、人で無いものになりたくなかった。
マチアスの心に答えてやれなかったキリアンは、あえて、「因子」を信じた。
せめても、マチアスの心に添うために・・。
ふぅとため息をつくとエドガーはアランに告げた。
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