いつもの、図書室に変化があった。
ジャニスのお決まりの席は、閲覧室の隅の窓際のテーブル。
そこでの昼休み。 ジャニスは本を開く。
だけど・・。
この前の昼休みから、決まって、巻き毛の青い瞳の転校生がジャニスの向かい側に座った。 無言のまま、向かい合わせのまま、本を読む。
一週間が過ぎる頃には、ジャニスは無言の来訪者を待つようになった。
彼は決まって、ジャニスが座ったあと、5分ほどすると、現われ、 本棚の中から1冊をぬきとると、ジャニスのテーブルにまっすぐあゆみより、 ジャニスの前に座る。
目の前のジャニスを意識する様子もなく、歩みながら開き出した、昨日の続きに目を落としていく。 名前もしらぬ転校生との、昼休みのあとの授業が始まるまでの短い時間。
お互いがお互いを意識しているのか、確認することもなく、図書室の一隅で 同じ事をしているという共有空間が生じる。
これは、奇妙な感覚でジャニスは突然生じたこの空間に、なじんだ自分が居ると知らされることに成った。
ジャニスはいつのまにか、無言の来訪者を待っている。
ちょうど、パブロフの犬のように、条件反射が脳内に仕組まれていた。
だが、その日、彼はなかなか、現われなかった。
「それで?」
エドガーの小脇にすべりこむアランはエドガーの図書室への礼讃の理由が やはり、ジャニスにあると見抜いていた。
「別に・・」
「そう?期待させておいて、拍子抜けさせればだれでも、いっそう、気にかかる。 君の常套手段じゃないか・・」
含みのあるアランの言葉にエドガーはアランがもたれていた腕をアランの背からはずした。
「図星だってことだね・・」
エドガーがジャニスを仲間に引き入れるつもりだとアランは言う。
だが、
「アランは、僕の常套手段だという。それは、アランが僕にはめられたと思っている。 そういうことだ」
唇の端に親指が寄せられ、アランは軽く爪を噛んだ。
「その癖・・アランは言いたい事を黙る時にそうする・・」
図星はアランも同じだったのだろう。
「じゃあ、聞くよ。何故、ジャニスを仲間にひきいれなきゃならない?」
かすかに、エドガーが首を振った。
そのかすかさがエドガーの迷いを露呈させていた。
「僕は・・・・」
アランもまた、かすかに・・・笑った。
「君はメリーベルのかわりに、ロビンを仲間にいれようとした。
だけど、ロビンは死んで・・いた。
君は愛した妹の面影をロビンに求めている。
僕は最初はそう思っていたよ。
だけど、違う。
君は、自分の「愛」を確かめていたいだけなんだ。
メリーベルへの「愛」をロビンにすりかえ、
ロビンが亡くなれば、今度はロビンへの「愛」をジャニスにすりかえようとしている」
エドガーのうつむいた顔がもちあがってくると、アランへの言葉を否定するだけのエドガーになる。
「違う」
「違わない。 そんなことをしても、無駄なだけ。
君の胸の中にはメリーベルがいる。
ロビンが居る。
君は二人をなくした悲しみから目をそらしたいだけだ」
エドガーの手がふりあげられたまま、宙にとまった。
アランを叩いても、辞めても、振り上げた手がすでに、エドガーの認めたくない心を表している。
「僕はどちらでも、かまわないさ。 君がジャニスをどうしようが、ジャニスとどうなろうが。
だけど、これ以上、君のすり替え人形が出来上がるのは見たくない。
人形は僕だけでたくさんだよ」
言いたいことをいいおわるとアランはエドガーの傍らから立ち上がった。
「アランには、わからない」
アランはエドガーの言葉にふふんと鼻で返事を返し 立ち去り際にもう一言だけ付け加えて見せた。
「それじゃあ、君の中のメリーベルもロビンもどうなっちまうのさ?」
うなだれたエドガーをドアのむこうに残したまま、アランは外に出た。
エドガーの悲しい傷はいつまでたっても癒えることがない。
判っているけど、代償を求めれば求めるほど
誰かを愛せば愛するほど、悲しい傷がいっそう深くなる。
護ってやれなかったメリーベル。
救い出せなかったロビン。
それらに掛けていくことができなかった思いはどうやってもうめつくすことができはしない。
諦めるしかない。
傷を抱いていく事が二人に返せる謝罪であり、
それが、エドガーの本当の愛情でしかないと思う。
だけど、エドガーは悲しみにのめりこみ、自分の描いたどろ沼に落ち はいあがろうとして、ジャニスに触手を伸ばしている。
一瞬の麻薬は悲しみを緩和させてくれるだろうけど、
ジャニスをヴァンパイヤにしたてあげた罪がつきまとい、
かりそめの傷薬はすぐに効力をうしなう。
ーもう、こんなことをくりかえしちゃいけないんだ。
僕らは最後のヴァンパイヤとして、
いつか、塵になって消えていくその時まで
孤独を胸にだいたまま、生きていくしかないんだー
結局、君も僕も独り。
ヴァンパイヤという病を抱きながら、年もとらず、 生きながらえていく人間でない存在なんだ。
だから、これ以上、仲間をふやしちゃいけないんだ。
エドガーの孤独が判る唯一の存在であるアランだからこそ、 エドガーに気がついて欲しいたった一つの真実でしかない。
ーメリーベルもロビンも君の中に居るんだ。 君が傾けた愛は君の中にあるんだー
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