「貴方は昨日、初めて瞳子さんの状態を知らされたとおっしゃっていましたよね。
確か、私が往診に出向いたのは2週間以前前のことだとおもうのですが、
婚約者である貴方にご家族が事実を知らせようとしなかったのは・・・」
瞳子の状況では婚約破棄もありえる。
女医はありえる話を想定して私にたずねようとしていることが私には見えた。
本当は家族が婚約破棄を申し出ているのに、あなたがそれを承諾していないのではないか?
そういうことだろうと私は思い、女医の言葉をさえぎった。
だが、これも、あとになってわかったことであるが、女医は私の瞳子への愛情を量っていたのだ。
私は女医が「で、あるならば、家族の意志を尊重し、貴方を家族とはみなさない」といいだすのをねじふせるためにあえて、
事実を率直に話すことにした。
「おさっしの通り、瞳子の状態を私に隠していたのは事実です。でも、それは、瞳子の回復を待っていたからです。
話せば長くなりますが、確かにご父君は、婚約を白紙に戻してくれとおっしゃいました。
ですが、私は瞳子の状態をこの眼で確認しないで納得は出来なかったのです。それで、瞳子に会いに行きました」
「それで・・・瞳子さんはどうでしたか?」
「瞳子は最初、私を兄弟だとおもったようです」
「怖がらなかった・・と、いうことですね?」
「ええ、それと、瞳子について、いくつか気づきがありました。
瞳子自身が私に話してくれたこともありますし、私がみていて気がついたこともあります」
「つまり、貴方には心を開いている・・ということですね?」
女医は何かを考え込んでいたが、あわてて、私の話の続きを促した。
「それで、瞳子さんの話とあなたが気がついたこと、これはなんでしょう?」
「まず、はじめに私がおかしいなと思ったのは、瞳子が父親を認識せず、「おじさま」と呼んでいたことです。このあたりを瞳子に尋ねました。
父親が「おじさま」であるのなら瞳子の内に居る父親はどんな人か、何故、私や夫人に対しては肉親に対する親近感を感じるのに、
なぜ、教授・・いや、父親を「おじさま」と距離を開けた認識のしかたになるか・・・」
女医は深い深呼吸を付いた。
「貴方・・・。ずいぶん危険なことをなさったのね。
でも、瞳子さんは発作を起こさずに貴方にいろいろお話をなさったということね。
それは、貴方が言うように、確かに貴方に心を開いていると、考えられます」
「ええ。私もそうだと思っています。だからこそ、私でなければ瞳子を救い出せない。そうも考えています」
「あなたが、そういう風にお考えになりたい気持ちはよくわかりますが・・・」
女医は言葉にためらい、的確な言葉を探しているように見えた。
「簡単に言えば、かかわらないほうが良いというか、深入りしないほうが良いとおっしゃりたいのでしょうか?」
助け舟を出され女医は言葉を取り戻していた。
「ええ。ある程度の距離おいてほしいという言い方のほうがあっていますけど・・・」
「私は貴方の音叉現象についての意見も読みました。だからこそ、一定の距離のある、客観的に判断できる専門家であるあなたに相談しに来たのです」
ああいえば、こういい返す私の態度に女医は小さくうなづいた。
「相当の覚悟がおありだということですね・・・」
「で、なければここにきません」
「そうでしょうね。じゃあ、話を戻して瞳子さんがあなたにはなしたことを・・・」
女医がやっと私の側に付いた。
「ええ。瞳子が父親を認識しない裏側は、瞳子が幼い頃に夫婦の行為を目撃してしまったことが原因だと思われるのです。
父親の行為とレイプ犯の行為が重複してしまい父親を否認してしまうのではないかと私は考えています。
父親でなく母親でなくこの私に心を開いたのも父親はレイプ犯と重なり、母親は被害者である自分と重なり、
瞳子は知らずのうちに、心を閉ざしていたのでしょう。
そこに私が現れた。結婚しようとしていた相手が現れたのですから当然、瞳子は私に心の鬱積を吐き出せると思ったのではないでしょうか?
貴方のおっしゃるとおり、家庭環境が整うことが回復につながるとしたら、
今の環境下では、貴方が判断したとおり、確かに回復が見込めないというのには、一理あるかもしれません。
ですが、私が来た。
瞳子の狂った頭の中においてさえ、私は「おにいさま」のような親近感を感じる相手として認識されたのです。
そして、瞳子は私に尋ねられたことに答えることで必死に好意を表わそうと勤めたと思います」
「そうですか・・。それで、瞳子さんはどんな答えを?」
「瞳子はまず、父親が怖いといいました。
その原因として考えられたことが先に話した夫婦の行為の目撃なのですが、じっさい、瞳子は父親が恐ろしいのは「白い蟲」のせいだというのです。
どうやら、瞳子には、白い蟲の幻覚がみえるようで、白い蟲は生殖器から湧き出してくるというのです。
私もそこまでは理解できます。瞳子が白い蟲をみてしまうのは、自分の中の恐れを外に押し出した結果だろうと考え、理解できるのです。
ところが、瞳子はその白い蟲を「私が食べてあげる」というのです。
どうしても、この部分の心理におよびつかないのです。
瞳子が被害者でなくなるために、自らをして、白い蟲を捕食する側にたつことで、自分を優位にたたそうとしているのか・・」
女医は私の話を黙って聞いていたが、私の話が途切れると口を開いた。
「あなた・・なにかしら、精神医学とか心理学とか学んだことがあるのかしら?」
女医が私をまじまじと覗き込んできたが私は首を振るしかなかった。
「そう。そんなことはどちらでもよいことですが、あまり学術定義で現状を捉えると、かえってこちら側が混乱してしまう危険性があるので、少し気になりました。
が、貴方なりに考えてみたことなのですね?」
女医の言うとおりだ。
「おっしゃるとおりです。いろいろ考えてみるほど瞳子の行動に矛盾が見えてきて、いっそう混迷して・・・」
「で、私を訪ねてきた・・と」
さっき女医を叩きのめした言葉で切り返され私は二の句を告げなくなっていた。
「瞳子さんが貴方に対して心を開いていることと、回復は別次元の問題だと考えてください」
「え?」
「信頼関係が成り立たないrと治療が難しいのは事実です。
ですが、あなたが考えるほど精神のひずみは簡単には元に戻せないのです。
本人が回復したいと思うこと。
回復を意識すること。言い換えれば、自分が狂っていることに気がつかないと治療は難しいのです」
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