「まず、信頼関係が成り立ってそこから、本人の意識を、自分への客観視にふりさすことが出来るようになってくるのですが、
これは、お父様にもお話しましたが、瞳子さんの場合、それをなりたたせることが非常に困難なのです」
私は大きく首を振ったと自分でも気がついた。
「何故ですか?何故、困難なのですか?瞳子は現状、私にいろいろ話し始めています。
それは共有理解をもとうということでしょう?
それはつまりは、自分を客観視しつつあるということでしょう?」
「おっしゃることはよくわかります。
確かに他の人に理解をしてもらうために自分への客観視が重要な要素になり、そこからだんだん、自分の状態を自覚していけるようになるのです。
ですが、それでも、瞳子さんの場合は二次覚醒が引き金になって本当の狂人になる可能性が大きいのです」
結局、女医は瞳子がこのままのほうが良いと言おうとしている。
確かにその通りなのかもしれない。
だが、何故、そこまで、断言できるのか、私にはちっとも理解できなかった。
「待ってください。何故、そんなことが断言できるのですか?」
「あなたは、自分でおっしゃっていてわかっているでしょう?
たとえば癌という病気になって医者がたとえば手遅れだと説明して、何故そう判断できるかと問い詰めているのと同じじゃないですか?
貴方は私を専門家だと認めてここにいらっしゃったわけでしょう?
その専門家の言うことが信じられないなら・・・」
好きにすればよいとでも言いかけた女医だったのだろうが、さすがに怒りにまかせての売り言葉は控えた。
「あなたのおっしゃることは子供のダダと同じですよ」
かろうじて、言葉をやわらかく包み上げた女医だったが、
私は外科医や内科医と同じように、精神的なものが専門家といえどそんなに簡単に「直らない」と断言できるとは到底思えなかった。
外科や内科の治療定義でけむにまかれ、はい、そうですかと引き下がることはできなかった。
「みんな、みんな、そう診断しますか?他の医者もそう診断しますか?」
世の中は広い。外科医だって、内科医だって、時に奇跡と言われる治療に成功しているばあいもある。
この時よほど、だったら他の医者に行ってみてもらえばよいじゃないかと女医が怒り出すだろうと私は思っていた。
ところが、女医はその言葉を口に出さなかった。
自分の判断が正しいという体制をかけらも崩そうとしなかった。
「先ほども申し上げたように、治療は信頼関係の上に成り立っていきます。
今の貴方は私を信頼できない状態ではないですか」
女医との口論を続けてもらちがあかないと思いながら、女医に食い下がった。
それは、何故ここまで、女医が「直らないほうがよい」「直らない」と頑迷に主張できるのか、
その裏になにかあると私は嗅ぎ取っていたのだと思う。
「それは、理論のすり替えじゃないですか?治すことを前提とするのが治療でしょう?
あなたは治療を行おうとしてないじゃないですか?
治そうとしない医者を信頼しろというのは、いかにもおこがましいことじゃありませんか?」
「確かに診断と治療は違います。けれど、医者の診断を信用できない状態では・・・」
女医は苦しそうに眉をしかめた。
「私は何百人という患者を診てきています。瞳子さんの場合は・・・」
説明する言葉を頭の中で組み立てなおすのか女医は黙り込んでしまった。
「瞳子の場合どうだというのですか?治らないって?二次覚醒でだめになるってどうして断言できるのですか?」
女医はひどく困った顔になった。
「瞳子さんの場合・・・」
同じ言葉を繰り返しながらその先をしゃべろうとしなかった。
「貴女のいうことはそれだけですか?
家族へのサポートとのうがきをたれながら、何故、治らないと断言できるのか納得できる説明がこれっぽっちもできない。
言い換えれば私も狂人?狂信しているのでしょうかね?
治るかもしれないという「狂気」の真っ只中にいて、あなたはこの狂いひとつ矯正できない。
あなたはたんに二次的?いや、音叉現象をおこして、狂人をつくりあげているだけじゃないですか?」
私の激しい罵倒を回避しようとしたのか、突然、女医は話を変え始めた。
「お父様は婚約を白紙にもどしてくれとおっしゃったのですよね?」
話をあらぬ方向にもっていく女医にいぶかりながら私はかなりぶっきらぼうに答えた。
それは、そのことから、女医がなにかを話そうとしているに違いないと思ったからに過ぎない。
「ええ。そうでしたよ。でも、今は違います」
「解かりました。確かに私も確かな事実に基づいて判断しているわけじゃないのですよ。
こういう言い方をすると御幣がありますが私の過去の診察暦で、かなりの確かさで判断できる物事が見えたのです。
ですから、これ以上の治療は良くないと判断したのです。
ひとつだけ、確実に診断できる方法があります。催眠療法というもので、瞳子さんの深部をひきだして、
本人が記憶を封印したことまでも引き出すことが出来るのですが・・・」
私は女医の言葉を聞きながら怒りに我を忘れそうだった。
治らない。このままのほうが良い。
あげく、医者の診断を信じないのかとなじられ、結果、診断は経験による予測であり、確かな確証ではなかった?
どの口でそんなことがいえるのかとわななくのどを押さえ、私は女医の言葉を聴くことに勤めた。
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