憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

懐の銭・・11

2022-12-07 15:20:47 | 懐の銭

お多福をあとにした男の足はまっすぐに文次郎親方の元へとむかい、寸刻のちに、文次郎親方の前で、ひざをつき、土間に頭をこすりつけんばかりの男をとめたのが他ならぬ文次郎親方だった。

「よせやい・・謝らなきゃいけねえのは、俺のほうだ・・それは、なしにしてくれ」

思い越せば子飼いの倣いから男と親方の付き合いは三十年をこす。

すりつけた頭を上げて親方をみつめれば、親方の目の端が赤くうるんでみえる。

「殿中ご用達の品はな、おまえじゃなけりゃつくれねえんだ。きっと、けえってきて必ずつくってくれるとおもってな・・おりゃあ、ずうううと、さしとめていたんだぜ」

まちがいなく男を一人前の職人として認めているとその言葉でわかると、男の目からも、にじむものがほほをつたいはじめていた。

けれど・・。

「親方・・勝手にとびだしちまって、迷惑をかけて、それをこうやって、なにもいわず堪忍してもらってるのに、なのに、俺はここにかえってくるわけには・・」

男が金さんだんがつかずに、迷惑をかけてはいけないとたちさろうとしていると察すると文次郎は、またも男を制した。

「ああ、ああ。皆まで言うな。おまえにやけをおこさせたのはもとはといえば、俺のせいだ。そうでなくても、徒弟がなあ、困ってるっていうのに、俺には、工面してやる甲斐性もねえ。だからな・・ちょいと、つてをあたってな・・」

「とんでもねえ・・。俺はそんなつもりで・・きたんじゃねえんだ。俺がやったことでかえって親方に迷惑をかけちまって・・」

文次郎がちがうと首をふるのが男の目にうつりこんでいた。

「本来ならばな、のれんわけしてやりてえと俺はおもってたんだ。なのに、食うのがやっとの給金しかわたしてやれてない。それをかんがえりゃあ、お前が困ってるのに俺がどうにしもしてやれねえのを、俺はすまなく思ってる・・」

「親方ああ」

無性に馬鹿だと思った。女将がいうように、親方の本音ひとつわからず、わが身かわいいでやけをおこし、人の情もみえない盲になっていたうつけでしかなかったと男は思った。

「それになあ、文棚がお前をまってるんだよ。殿中におおさめしようってのに、おまえがいなきゃあもっと、俺がこまるんだ。俺を助けるとおもってなあ、戻ってきてくれないかい?」

男はうなだれるしかなかった。

「だけど・・俺は修造のとこに借金をこさえてしまって、そのとばっちりをかんがえたら、やっぱり・・」

「だから、それは俺が大橋屋の隠居に話をつけてあるんだ・・」

なにからなにまでてまわしよく男の身のたつように動き回ってくれた親方への感謝で男の声が涙にのまれそうになった。だが、それははっきりつげなきゃいけないことだった・・。

「親方ぁ・・こんな俺になにからなにまで采配してくれて、俺はどんだけ、礼をいってもたりつくせないんだけどな・・だけどな・その親方の気持ちに甘えられるような金がさじゃねえんだ・・」

三両あれば一家が一年以上くえる。盗人も三両ぬすめば首がとぶ。

「俺には返すあてもないし、親方の給金をどうこういうんじゃないんだ。俺がこの先一生かけても返せる額じゃないんだ」

「だからな、それは俺がのれんわけの資金がわりにだしてやれねえかわりに大橋屋にさんだんしてもらって、俺がけえすから・・」

ううん、ううんと男は首をふるしかなかった。

「無理なんだよ・・そんな額じゃ・・」

男が額面もいわず無理無理といったって、文次郎だって納得できるわけがない。

「なんだよ?そんな額じゃねえって、いってぇ?」

わななく指先が3本ひらかれ、文次郎の目の前でふるえていた。

「三・・?三十両か・・?」

しばし文次郎も絶句したままだったが、やっと音がもれた。

「ふっかけやがって・・」

多くても十両・・すくなくて五両。文次郎はそうみつもっていたのだ。

だが、文次郎の顔から笑みがこぼれていた。

「大橋屋なら、なんとかかきあつめられるだろう。それになあ、ご隠居も娘が身売りされるのをくいとめられなかったとなりゃあ、この先寝覚めがわるくてしかたがなくなる。自分のこの先の安泰の為にいやでもかき集めてくれる」

「親方ぁ・・俺が・・馬鹿だったから・・俺が・・」

悔やんでも悔やみきれない迷惑がほんのちょっとの心がけの間違いでしかなかったと気がつけばいっそう男の胸がいたむ。

「おまえはとにかく、借金をきれいにして、文棚をつくって俺をたすけてくれ。俺は俺をたすけるためにお前を助ける。おまえのためでなく俺のためでしかねえんだ。

だからな・・」

自分をせめずにおけと文次郎はいいたいのだ。

「さあ、善は急げっていうだろう。これから大橋屋にいって、算段してもらおうじゃないか。それをもって、修造との縁をきって、文棚をこさえて、俺をたすけてくれ」

「は・・い」

答える声にまだ涙がこもったが男に活路がみえたのだろう、文次郎の前にへたりこんだときより随分と顔色がさえてみえた。

良かったと胸をなでおろすと、文次郎は男を促した。

「さあ、白銀町まで、いそごうぜ」



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