別名、「ポリアンナ物語」
どんなことでも、
喜ぶように見る。
たとえば、屋根裏部屋に住まわされる事になる。
「此処は、素敵。お星様と一緒に眠れるわ」
待遇は悲惨。
期待は叶わぬ。
だけど、どんなことでも、喜んで見せる。
足の悪い老紳士の悲しみにも
なにかいったっけ。
両方の足が悪くなってなくて良かった。
こうだったかもしれない。覚えてない。
問題はどういったかじゃない。
そのスタイル 。
どう喜ぶか。
観を変えるしかない。
どう、喜ぶか。
考える。
たとえば、よく見かける。
自分のbbsに嫌な事を書かれた。
嫌。
どう取れば嫌じゃなくなる?
それをつかんだとき、
問題を提起してくれた
嫌。にも、感謝できる。
この世の中。
目に映る物は全て自分にもとがある。
自分の「なにか」
嫌ととるか、
喜んで受け止めるか。
ああ。なんか、宗教臭くさくなっちまった。
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考えるとは
観 を、変える
と、いうことだと教わったことがある。
さらに「良い観」で 捉える為に
ー考えるー
その「良い観」に換えるための
尺度に
ーどう、喜んだ見方ができるかー
は、大きい鍵だと思う。
少女パレアナは、
児童文学だったと思うが
底に敷いてあるものは、
哲学
より良い生きざまを求める姿勢
で、あると思うと
児童文学の「域」を
超えている、と、感じるし
児童年齢の者に
判りやすく「啓蒙?」しているのもすごい。
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