女将に案内され二階の部屋に
あがった新之助である。
「それでは、すぐに、菊哉を参じさせます」
女将の言葉に新之助はぎょっとした。
『鞘を持っているのは女将ではないのか?』
鞘の持ち主が
客とこの部屋で直接交渉ということなのだな?
と、なると・・・。
いくら、鞘がきにいっても、
持ち主が云といわねば、ゆずってもらえないということなのだな?
「その鞘の持ち主は?」
気難しい人間なのであろうか?
不安に、ついつい予備知識を仕入れたくなるのは人の条理であろう。
女将はにこやかに、
「たいそうな、人気でございますよ」
と、菊哉をうりこんでおいた。
『ふううむ・・・』
引き手あまたの鞘でありながら
まだ、誰にもわたさずもっているのか・・。
いよいよ、こ難しい御仁らしい。
とは、いうものの、
いくら良い鞘であっても
新之助の刀に合わなければ
何の意味もない。
まずは、見せてもらうしかない。
みせてもらえば、
刀のそりや、長さに合う代物かわかる。
わかったのちに、初めて刀あわせをしてみるしかない。
だが、へたに逆らうと
菊哉なるものはへそを曲げてしまうかもしれない。
とにかく、とにかく、鞘が欲しいのだという
思い一筋を伝えねばなるまい。
そして、その鞘が
新之助の刀にあっていてくれればいい・・・。
祈るような気持で新之助は
菊哉を待った。
おくの部屋に続くふすまをあければ、そこには、
極上の絹の夜具が敷き述べられている。
ふすまさえ開ければ、
いかに、朴念仁の新之助でも
「どうも、妙だ?」
と、かんがえついたことであろう。
ところが、生真面目な男である。
他所様の部屋をあちこちと
探索するなどもっての他。
じっと正座のまま、
菊哉が現れるのを待つのである。
一方。
菊哉は女将にくどいほど念を推されている。
「いいかい・・・。のがすんじゃないよ。
この客を逃したらお前の一生の恥になるよ」
ひどい脅かし方であるが、
そこまでいわれたら、
菊哉にも「陰間」の意地がある。
「ふっ。まかしておくんなさいよ。
しあげをごろうじろ・・・・ですよおお」
たかをくくったせりふをはきながら、
女将がわざわざ念をおすにも、
わけがあろうと、思う、菊哉である。
「よく、わかんないんだよ。
初心なのか、通なのか・・・。
ひょっとすると、ものすごく
好みにうるさいのかもしれない・・・」
思ったままを云う女将であるが、
其の言葉も菊哉を奮い立たせる。
『そんな、男に袖にされちゃあああ、
菊哉、一生の名折れ・・・。そういうことですね?』
真剣に鞘を買いたい男と
真剣に鞘を売りたい男が
対峙することになった部屋で、新之助はただただ、正座して
菊哉を待っていた・・・・。
廊下を歩く静かな気配は
やってくる人間の
身の軽さをあらわすように静かである。
ふすまが開かれ
部屋にはいってきたのは、
新之助の予想したとおり若い男だった。
なるほど、コレならば帳場を女子が預かれるわけだと、
新之助は納得しながら男をみていた。
男・・・いや、少年とよんでいいか?
新之助とさして、かわらぬ年にもみえるが、
それは、新之助のように、世間ずれしていない人間と、くらべるから
少年が新之助と変わらぬ年のように見えるだけで、
実際は新之助よりも、
3,4つ若い。3,4っ若い男は新之助の前にすわると、
「菊哉でございます」
と、たたみに手をついた。
「あ?ああ」
そうである。
初対面である。新之助はあわてて、頭を下げると
「私は野原新之助です」
と、礼をかえしたのである。
面食らったのは菊哉である。
どこの男がこんな所で
自分の本名をなのるだろう?
『女将の言ううとおり・・・よくわからない』
偽名かもしれない。
遊び名なのかもしれない。
そ知らぬ顔で初心を装い
こちらをからかっているのかもしれない。
それ相当に遊びなれて、
こんな風にあいての出方をたのしんでみているのかもしれない。
だいたいにおいて、
新之助と名乗るのも妙であるが、
この菊哉をみて、興を示さないのが、一番妙である。
大抵の客は部屋に入ってきた菊哉をみて、
まず、あっけにとられる。
影のある憂い顔。
そのくせ、色香がある。
美形は美形でも、常ならぬものがある。
女では、たたよわぬ妖艶さ。
それが、菊哉の売りでもある。
女には求めきれぬものが
眼の前にいきづいている。
其の事実に客はしばし、息をとめ、菊哉にみほれる。
ところが、眼の前の新之助とやらは、
無反応もいいところであり、
菊哉をそこらの、
木でも石でもみるかのようで、
変化が読み取れない。
変化が読み取れないばかりではない。
菊哉に惹かれた様子ひとつもみせないくせに、
「早速ですが、鞘をみせていただけますか?」
と、言い出したのである。
新之助にすれば、
名前を名乗ったものの
あとはなにをいえばいいか、わからない。
時候の挨拶もみょうであろう?
げんきですか?
も、馬鹿のようである。
仕方がないから
本題をぶつけただけにすぎないのである。
だが・・・。
『な・・・なんだと~~~!!』
確かに鞘を求めに来たというのは
通ないいかたではあろう。
だが、だが、いきなり、みせろ?!
行為にもつれこんで、
客が菊哉のそこを目で堪能するのは
たわむれ事として、なるにまかせるし、
客のすきかってである。
菊哉もそれが商売だ。
だが、
ほだされるような気配もみせない。
接吻のひとつもなく、おもわず菊哉をかきいだく、
せつなさもみせず、
骨董物を鑑定するかのように、
『見せろ~~~?だと~~~!!』
え?
みて、
なんだよ?
きにいらなかったら、
やめた!!
っていうのかよ?
え?
目で見てわかるほどの
「通」だってのかよおおおお!!
お里?がしれるような、素性がしれるような、
菊哉の心の憤怒を無理やりおさえこんだのは、
女将のさした釘である。
ふん。
こんなことで、おこっちゃあ、こっちのまけだ。
ややさみしげで、それゆえいっそうぞっとするような
艶を流し目で新之助にくれてやると
「おみせしても、よいのですが、
こちらのいうこともきいていただけますか?」
と、菊哉は策をろうしてゆくのである。
『だいたい。この新之助という男は
本気なのだろうか?』
菊哉の中に疑念が生じるのも、無理がない。
だが、女将にも言われた。
自分でもいった。
『其の客を物に出来なかったら、菊哉の名折れですね?』
女将の指名を預かりそれでも、指一本触れられずに、
客ににげられた?
それも、鞘を見せろ、見せないで?
いや、こうなったら、見せてやろうじゃないか。
だが・・・。
その挙句に袖にされましたなどという
滑稽はたまったもんじゃない。
見せる以上は何が何でも
既成事実をこしらえて、我が物にしてやる。
陰間が腹をくくったのである。
そんな恐ろしい決心が
菊哉の腹でにつまっているなぞ、
新之助に判ろうはずもない。
「貴殿の頼みごととは、なんであろうか?」
やけにおぼこく不安げに神妙な口ぶりが妙にかわいい。
少々の難題をふっかけても、
見せてもらうためなら何でもやりますよと、
必死であるようにも見える。
『さては・・・』
菊哉なりにかんがえた。
こやつは、目で見てからでないと
その気にならぬのかもしれぬ。
ある意味、哀れであり、滑稽であり・・・。
ひょっとすると、
このていたらくで
あちこちの陰間にけんつくをくらって・・・。
ひょっとして・・・・。
まだ・・・行為に及んだ事がない?
ならば初心に見えるのも、判らないでもない。
だが、どちらにせよ、
菊哉が逃すわけには行かない。
「それでは、お着物をぬいでいただけますか?」
菊哉が既製事実なるものを作ろうにも、
着物は邪魔である。
見るだけみて、嫌だなぞといわれても、
素っ裸にしておけば、簡単に外に
逃げるわけにも行くまい。
初心なのか、
通なのか、
依然として、よく判らない男の
本意を確かめたくもある。
素っ裸にしてみれば、
その気がおありか、どうか、
判るというものである。
「は?裸になれというのか?」
今度は新之助が面食らった。
「見るだけ見て、気に入らないといわれたくありませんから」
つまり、逃げ出させないという事であり、
其の鞘は間違いなく上物で、、、
ちらりと、
横に置いた刀を見る新之助である。
この若者の目から見て、
この刀に間違いなく沿う鞘だということなのだろう。
「そこまでのものなら、やはりしっかり、みてみたい・・・」
男の云うとおり、万が一、気に入らないことがあったら、
そこまで自信がある鞘であっても、刀にあわなければ・・。
諦めるしかないのである。
真剣な顔で裸になれという
菊哉に誠心誠意を示さねばなるまい。
菊哉はだいの男に無茶をいい、
武士の刀に寄せる思いを量っているのだ。
菊哉の鞘に寄せる思いもまた、一途なのである。
まったく、うたがう術も持たなければ、
疑うかんがえ方を構築する材料が
新之助にはないのである。
変わりに菊哉の信頼を得なければと
可哀想なほどに必死に考え詰める新之助である。
「わかった。だが、それでも、もし、見て良い品であっても、
刀をじかにあわせてみなければ、判らない事である。
うまく、そりがあわぬと、長さが合わぬとなったときには
潔くあきらめてくれ」
どちらが、売りつける立場か
本末転倒になってきているほどに、
菊哉の鞘への思いを受止める新之助なのである。
『へ?』
鞘に対して、今度は伝家の宝刀かい?
うまい言い方だねえ。
なんて、感心している場合ではない。
『まるで、その気があるような事をいいやがって・・・』
ふんどし一つになった新之助を見て
菊哉は情けなくなってくる。
「それも、おとりください」
いってはみても、
中からさらけ出てくるものは
まったくその気がないとふざけた・・・。
いや、ふにゃけまくった、
伝家の宝刀なのである。
『くそおおお。やはり、みせるしかないのかああああ』
「それでは、とくと、ごらんあそばせ」
云うが早く
菊哉はすくりと、立ち上がった。
立ち上がると同時に新之助の前で
くるりと背を向けた。
背を向けた菊哉があっというまに
帯をとくと、羽織った着物を
さあああとたくりぬぐ。
着物の下は初手から下穿きなぞ身につけていない。
新之助の眼の前に流麗な男の身体の
線がなまめかしく、うかぶ。
「・・・」
な?なんだ?
こいつも、新之助の誠意にこたうべく、
裸になったのか?そうかもしれぬ。
が、だが、
「鞘は?」
どこにもっているのだという?
着物の中は男の裸身があっただけである。
「あ、え、鞘は?」
菊哉は待ち焦がれる新之助の声を小気味よくきいた。
そして。
「ご覧じろ~~~~」
足を軽く広げると畳に手を着いた。
新之助の眼の前には
菊哉の尻がある。
その尻をぐいと、新之助の眼の前におしだしてくる。
『は?はい?え?あ?あああ?なんじゃあああああああ?』
さっぱり、わけがわからぬ。どうなっているんだ?
新之助が呆けていると、菊哉は自信たっぷりに
ゆくりとふりむいた。
さてもさても・・・。
おまえさまのおのぞみどおり。
さぞかし、
腰の宝刀は立派にそそりたって・・・
・・・な~~~~~~~~~い!!
なんでえええええええ?
あわれ。菊哉。菊哉こそ、あわれ。
だが、自尊心をいいほどつぶされても、
くじけておらぬが、百戦錬磨の陰間。売れっ子菊哉の面目躍如である。
これからが、腕の見せ所。
菊哉はやおら、新之助のグニャグニャの
宝刀を手の中におさめると・・・・。
こしこし・・しこしこ・・・。
/あの・・・こんなことかいちゃっていいんでしょうか?/
(すみません。作者。つい、素にもどりました)
新之助はといえば、
「はい?え?あ?あれ?あの?あ・・・あ・・あ・・」
なんて、初めての快感に素直に反応してしまい
いつのまにやら、
シッカリ、菊哉の思い通り。たくらみどおり。
新之助の宝刀をシッカリ手中、
いや、鞘中におさめた菊哉は
新之助の口から賛辞をきかねばきがすまない。
自分のまた倉の中にすべりこんだ男が
自分になにをしでかしてくれているのか、
サッパリ、訳のわからぬ新之助である。
ど、どうなってるのじゃ?
こ、これは、なんじゃ?
どういうことじゃ?
なにか、おかしいぞ。
おかしいが・・・・。
「はああ・・・」
なにか、非常に気持が良い。
新之助のたまらぬ声が洩れると
菊哉はここぞと、ばかりに腰をゆらめかしながら、
新之助に尋ねたのである。
「新之助さま・・・菊哉はいかがでございましょう?」
「き・・・き・・・菊哉・・」
「はい・・・」
どんな甘言がささやかれるのであろう。
この言葉を聴くのが陰間の無上の喜びであり、
誇りなのである。
「き・・・き・・・菊哉・・・。
気持がよい。たまらぬ・・・。良い・・・」
うわごとのような夢うつつ。
「ふふ」
売れっ子影間。菊哉の手管におちぬものなどおりはせぬ。
「新之助さま」
満足げに甘えてみせる菊哉である。
「気持がよい。気持がよい・・・。
じゃが・・・・はよう・・・・はよう・・・・」
もう辛抱なりませぬかと、
菊哉はいっそう柳のように
ゆらりと腰をゆらめかせてゆく。
「ああ・・・・」
新之助の感極まった声。
「はよう・・・・」
ゆっくりじらせながら、男色地獄におとしこむ菊哉である。
「はよう?なに?」
耳元でじらせた事は何かと問いかけ
新之助の口から菊哉にひれ伏す言葉をきいてみたい。
「ああ・・・はよう・・・・」
「はい?」
「はよう。鞘をみせてくれ~~~~~~~~~」
・・
・・
・・・・
・・・・・・
////おしまい/////
追記。
しいて書くならば、
菊哉の言葉である。
「この期に及んで、まだ言うかあああああああ!!あほう!!」
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