飯屋にはいると、
白銅は驚かされる。
やけに、店主が丁寧なのだ。
驚いた顔の意味を察した法祥は
店主の丁寧さの理由を話す。
「坊主には親切にしておくと
あの世での扱いが良くなる、と、信じられているのですよ」
「ほおお」
間の抜けた返事しか出てこなかったが
思うところはある。
寺ばかりある。 神社も多い。
ーどうせ、鎬を削るに都合の良い風聞をたてたのだろうー
「誰が吹聴したか判りませんが・・」
と、法祥も作られた話であると認めた。
だが、そのおかげで、
榊十郎の息子、縅之輔の居場所も簡単につかめそうである。
茶を運ばれると まもなしに
食事・・いや、飯と言った方が良いだろう。
青菜の浸しに香の物、根菜の煮物 それに 飯。
ー坊主に合わせて、精進ものばかりか?ーと、
思わぬでもないが、この際 致し方ない。
それに、食事が目的ではない。
飯を運んできたのも、店主であるのは
やはり
ー我が、坊主の接待したぞーと
いうことなのだろう。
その店主に法祥が尋ねだした。
「鴨川の河川敷で榊十郎という男が
人をあつめていたのだが・・・」
一言切り出しただけで
店主は堰を切ったかのように話し始めた。
ー坊主の尋ね事に答えるも、功徳ということかー
笑いをかみ殺しながら白銅は
店主の話を聞き続けた。
「ちょっと前に 口入屋でずいぶん繁盛して
羽振りが良くなったんですよ。
そうしたらね、男ってのは、
余分な金ができると、余分な事をかんがえちまう。
長い事連れ添った女房をおいだして
小料理屋の女将をひっぱりこんでしまってね。
羽振りは良いが
家の中は無茶なことになってしまって・・」
「女房さんは? 」
「息子さんがいらしてね。一緒に出て行って
伏見に近いところで小間物屋で食っていってるようですよ。
息子さんは、手のよい彫り物をつくるので
引き手があって、
おっかさんが、一人じゃ不用心だと
小間物屋の奥で、なにか作ってるようですよ」
「と、いうことは・・・
息子さんというのは、一人息子?」
「いやあ、娘さんはとっくに嫁にでていて・・
女房さんを追い出したのにあきれはてたか
十郎さんとこには寄り付きもせず
女房さんのところには顔をだしているようですよ。
十郎さんは
外面は良いが・・内面がわるかったのかねえ
積年のうっぷんもあったのか、みかねることもあったのか
むしろ、息子さんと二人で暮らすのを喜んでるようにも見えましたよ」
「そうなのですか」
「いくら商売で儲けて、善人のように客に接していてもね
自分の女房を大事にできないようじゃ
いい目にあいはしないと私はおもうんですがね。
お坊さんも、それを見抜いて心配されているのでしょうが・・・」
「まあ、そこにお気づきであるのなら
そこを戴いておきましょうよ。
人のふり見て・・といいますから
ありがたい経本を見せてくれていると・・」
「そうですね。元々、十郎さんは人に好かれる性分を持っていて
それだけに・・残念で」
「判ります。が、こればかりは・・・」
そうですよね。と、店主は自分にいいきかせるかのように
口の中で小さくつぶやいた。
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