「澄明様が?」
櫻井の顔に微かな安堵が浮かんだ。
澄明が動いたとなるなら間違いなく海老名は事の大事を殿に告げている。
解決への糸口が開かれた事に櫻井はほっと胸を撫で下ろす様であった。
「うむ、先程すれ違った。しかし、男のくせに妙になよけた感じがしてどうも、いけ好かない」
「見た目はともかく陰陽の術では古の安部清明の右に出るかという程らしいです」
「某は好かん。法術、加持、祈祷の類はあくまでも自力ではない。剣あってこそ加護がある。何らかの神に縋ってそれを己の力と過信して居るような輩は好かぬ」
櫻井には澄明の法力が神の類に縋った物かどうかも判らない。仮に己の力による法力だとしても、そんな仮初の推量で政勝と論議するのもつまらぬ事だった。
「とにかくはそれで姫の件が落着するならば、それはそれで良いではありませぬか」
たしかに櫻井の言う通りだった。
「しかし、人では無いものと交わるなど、信じられない」
櫻井の言葉に政勝は黙るしかない。
「どう、思われます?どうしても私はこの世に妖かしの者が本当にいるのだという事が 今、以て府に落ちないのです。」
「妖かしの者か?」
すこしばかり応えるのに戸惑いを見せた政勝だが、現実、采女を切り裂いた政勝は蟷螂の化身であったと この目に見据えさせられている。
「居るだろうの」
政勝の出来事を知る由もない櫻井に事実を告げる気もないが、確かに妖しの者は存在する。
「居るのですよね?居るから。こうなっておるのですから、やはり居るのですよね」
「何ぞ、思いがあるのだろう」
政勝はすってのところで己の命を危機に晒された事を思い出している。
いくら、誠の思いであろうと、采女は結局蟷螂の本能に逆らえきれなかった。
政勝にとっても采女にとっても悲しい事実は、政勝に生をもたらし采女に死をもたらせた。
「色香に狂っての狼藉だけではないと?」
「判らぬことだが・・・」
政勝は口を結んだ。
子を孕みたいと言う采女をこの腕に抱いた。
交接の後、采女は雄を喰らう蟷螂の本能そのまま、白く光る鎌を振り上げ挑んできた。さんばらと切り上げた跡には腹を切り裂かれた蟷螂の死骸がひとつあるばかりで屋敷はかき消え竹の笹ずれだけが響く一面の竹林の真中に政勝が立っていた。
妖かしの者かもしれない悪童丸もこちらには解らぬ己の思いに突き動かされての狼藉かもしれない。人に手をかけて、無事に生き長らえられる訳がない。
その危険を顧みずに只、欲情だけで夜毎に忍び込むほどの阿呆にあの勢姫がほとを開くだろうか?
采女とて己の本能のあさましさも酷さも熟知していたに違いない。
愛しゅう御座いますと流した涙は政勝の為だったか?己の運命を呪っての事だったか?定かな事は一切判らぬが、采女が確かに政勝に対して胤を貰い受けるだけの男に寄せるだけでない、より以上の想いをもったのは真だったと何故か素直に信じられるのである。悪童丸と勢姫にも何らかの情愛が生じているのは間違いない。
が、何故に、悪童丸が勢姫を選んだか?
その奥底の想いの中に何があるのか?
采女が政勝を選んだ訳、子を孕みたい、その思いに突き動かされたのが一義だろうが・・
「?!」
政勝はふと考えた自分の思いに慌てた。
子を孕ませたい 采女の逆の思いを端に当て嵌めただけに過ぎなかったが、ぞっとする思いが湧いたのである。
妖かしの者の子を孕まされた勢姫が妖かしの子を生む?
恐ろしい想像に政勝はかむりを振った。
「しかし、こんな時に困った事になりました。」
「うむ」
「明後日の夜には月見の宴を張るという事で、あちこちの要人をご招待しております。そんな時に何かあったら」
「御家大事か、姫が大事か・・・」
「ああ・・・」
櫻井は哀しげな声で答えた。櫻井の心中を察するのに余りある。
「今頃 澄明も殿から聞き及んでいる事であろうの」
「澄明様は悪童丸の正体を読み透かせるので御座いましょうか?」
「もう、法術とやらで、片を付けておるかもしれぬぞ」
「はあ・・・・」
櫻井の呆けた返事が返ってきた時に近習の中江房之介が政勝を呼びにきた。
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