主膳の沙汰を待って、報告をせねばならない。
『しかし、何故、澄明が城へ?』
訝気な陰陽師の存在などを、朝から見掛けるのも妙な事だった。
詰め所に入り、どかりと座ると、櫻井が妙な顔つきで政勝を見ている。
「如何した?浮かぬ顔だの?」
「政勝殿・・」
「いかがいたした?」
「それが・・・」
言い渋るが、櫻井の顔付きは、とても己が胸に留め置けそうもないと白状している。
「話してしまえ。言わざるは、腹ふくるる業なり。古から伝わるとおり、櫻井。顔色が悪いわ」
「実は、」
宥めすかすように、櫻井の口を割らせてみると、
――勢姫の寝所に夜な夜な男が忍んで来るのだという――
「なんと?」
幼い頃から、美貌を謳われた姫である。
婚儀の話しもいくつか舞い込んで来ていたが、父親である主膳が如何しても、
云、と言わないので、今以ってまだ嫁ぐ事無く齢を重ねている。
その勢姫が、で、ある。
何処の誰と、どうやって馴れ初めたのか、そして、どうやって男は忍び入ったものか、
不思議な気がするより先に勢姫が年端を迎えて、
女として身体の中に抑えきれない欲情に絡め取られている事に驚いたのである。
「勢姫といえど、人の子であらせられたか」
微かな苦笑が政勝の顔に浮かぶ。
「それが・・・不届きな狼藉者の正体が定かでないのです」
「な?」
異変に気がついた御付の海老名老が姫の懸想の相手を一目見て、
御相手を確かめた末、場合によっては、御二人の恋の成就に奔走するつもりで
後朝の別れを惜しむ殿御の姿がふすまを開けて現われるのをじっと廊下で待っていたのだという。
「で?」
「それが、いつまでたっても部屋から出て来ない」
「人が引ける刻限を見計らって、ゆっくりと退散しようと言うわけか?
なかなか肝の座った御仁のようだの」
「確かに。そこで海老名殿は半刻も廊下に座ったまま
朝日が差し込むまでじっと待った上、そっと姫の御部屋に入って行った」
「ふむ」
ほんの小半刻前まで、姫の歓喜を迎える嗚咽と、男の荒ぶった息使いが聞えていたのである。
この襖一枚向こうにどういう秘め事があるのか老長けた海老名でなくとも判る事である。
海老名は明るい日差しが差し込むように繰り戸を開け放った。
「ご存知のとおり、あの戸の下は・・・」
「うむ。あそこから落ちたらひとたまりもない」
「ですから姫の寝所から、もう、海老名の待つ次の間に男が出て来るしかない」
ところが、姫が海老名に気がついて襖越しから
「海老名か?朝早うから何をしやる?」
と、尋ねあそばす。海老名が腹を括って
「海老名、決して悪しき事にならぬように姫様の御力添え致します故に、どうぞ・・」
海老名の言葉が続くのに姫が襖を開け放った。
「居ない」
居るはずの男の姿は何処にもなかった。
狐に摘ままれた様な気がしつつも、海老名は引き下がるしかなかった。
訝しげな事と思いつつも歳を拾ったせいだ。あらぬことよと言い聞かせ、
その日を過ぐると、やはり晩に勢姫の在らぬ声に目が覚めた。
意を決して姫の部屋に忍び入るとそっと襖を少し開けて中を覗いて見た。
蝋燭の灯りに照らされて男がやはり、居た。
眉目秀麗な若い男が一糸纏わぬ姫の身体に馬乗りになっている。
やはり房事の最中であった。
海老名もいかんせん、おのこの顔だけ拝するつもりだった。
が、海老名の目に飛び込んできた物に度肝を貫かれた。
勢姫のほとに差し込まれた男の物が抜き上げられる度に姫が狂ったように身悶えするのである。
いたたまれぬ思いより先にその一物に海老名は腰を抜かしそうであった。
ほとに隠れてはいるがどう見ても尺物である。
その太さも直茎は一寸五分もあろうか。並みの男の持ち物ではない。
「おぉう・・・ ぉう、ぉう」
姫が一物をぐりぐりと捻じ込まれるとその大きさ故か、苦痛を耐え忍ぶような声を上げるのである。
が、決って嫌がっているのではない。その証拠に男の抜き身がずるりと濡れそぼっている。
「嗚呼 もっと・・もっと、深こう・・入れや・・早う」
姫の身体をうつ伏せにする為に引き抜いた物をはっきりと海老名は見た。
凡そ、自分の腕ほども在る一物。その先はまるで握り拳一つもあろう。
姫の背後に廻ると男は更に姫の中に突き入れ動かし始めた。
「嗚呼・嗚呼・・・悪童丸・・ほう・・ほう・・ほ・・・・」
その名を聞くと、慌てて海老名は自室に戻った。
「海老名から聞いた話は、ここまでで御座います。あとは・・・」
「あとは?」
「後は、海老名殿が腹を括って、殿に言上仕る他、し方在るまいとそれだけ口添えはしましたが」
「ふうううううむ」
「悪童丸という名に聞き覚えが御座いますか?」
「いや、無い」
「海老名殿の心中を御察しすると、気の毒でいたたまれませぬ。なによりも勢姫さまを手中の玉のように可愛がっておられた殿の事を慮ると、なおの事、どのように海老名老が殿に言上仕る事ができるのかと」
「辛い、役目だの。で?やはり、その男の正体は掴めぬのか」
「私が直居をしておりました故、海老名殿が呼びに参りました。が、声が聞えるのですが、流石に分け入る事も相成りませぬ故廊下で片時も目を離さず見張っておりましたが」
櫻井は首を振った。
「すると、姫の居室のあの小窓から抜け出たということか?」
「そうとしか・・・」
「・・・・・」
「どう思われます?」
「やはり、人ではあらぬな」
「私もそう思うが故に、此度の事、殿に内密で事を収めることはできないと、判断しました。」
「そうか・・・そうなると嫌でも海老名は殿に言上するしかない・・か」
「さようで、海老名殿とも話し合ったのですが姫の醜態となる事故、私は何も知らぬ存ぜぬを通す事にしましたので、その後、どうなったかは判らず仕舞なのです」
「そうか、それで、白河澄明なのだな」
政勝の中でやっと合点がゆく。
朝から陰陽師などが登城して来るには、それなりの理由があったと言う事だった。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます