勝源の夜は悲しい。
藤太にどう告げればいい。
考えては、軒を出るがやはり、藤太のところに行くに行けない。
ぼんやり、外を眺めてみては、考え直そうと家にはいり、
やはり、どうにもならぬと外に出て藤太の所へ行くしかないと軒下で立ちすくんでしまう。
其の勝源が眼にしたものは正に異様な光景としか言いようがない。
黒い闇の中にもっと黒い塊が蠢いている。
「?・・!」
其の場所はしずが岳にまちがいがない。
勝源が見たものはしずが岳の尾根に浮かぶ大きな黒い塊だった。
漆黒の夜の闇の中。さらに黒い塊が闇の中を蠢く。
黒い塊の中から炭火のような赤い光が発せられると黒い塊の姿をなぞらえてゆく。
「黒龍?」
そうだ。黒龍がしずが岳の尾根の上をうねっている。
きのえがあそこにいる。
黒龍は白蛇神の元に辿りつき気炎を上げている。
「とりもどすつもりでいるというか?」
だが、それが無駄でしかない証拠に黒龍のうねりはしずが岳の地に降立つことがない。
「結界をはっている」
白蛇神は結界の中にきのえを閉じ込めている。
神である黒龍さえ寄せ付けぬ白蛇神の結界の敷き詰めように、勝源は己の無力をしるばかりである。
「藤太・・が、ああも、できはしない・・・」
黒龍のうねりは入れぬ結界の周りで蠢くばかりである。
だが、そうまでして、きのえを取り戻そうとしている黒龍を見たとき、やっと、勝源の胸が空いた。
(黒龍。お前にきのえの先をたくしてもいいのかもしれない)
同時に藤太への告知に決心がついた。
藤太には、普通に、人間の女子とくらせてやらねばなるまい。
赤黒い炭火のいこりを身体から発するほどに、
神が思いかけるきのえを藤太のところにやっても、この先、ろくなことにならない。
きのえの幸せのために選んだ男を、男の幸せのためにあきらめるなら、これもよしだろう。
「黒龍。お前の思いのいくばくか、しったきがする」
一刻たっても三刻立っても夜が明けても、勝源の眼には結界の前でのた打ち回る黒い龍の姿があった。
「わしよりも・・藤太よりも・・お前がくるしんでおる」
ひょっとすると、きのえよりあの黒い塊は苦しんでおるのかもしれぬ。
怒りをぶつける事も叶わず、きのえを取り戻す事もできず、きのえへの思い一心で
黒龍は白蛇神に張り付いているだけである。
其の尾根を舞う黒龍の足元できのえは白蛇神の陵辱に落ちている。
「くやしかろう?」
「かなしかろう?」
愛する者を奪われた黒龍の虚しい挙動は、諦め切れないきのえへの思い、
そのままに止む事がなかった。
「・・・」
勝源の口がへの字に曲がった。
「黒龍。もう・・よい」
それほどまでにきのえを思ってくれていたお前だからこそ、
白蛇神もきのえがほしくなったにちがいない。
それを、せめても仕方がない。
「もう、よい。お前の気持ちは、よく、わかった。おまえのせいではない」
きのえという娘が持っていた因縁。宿業。それだけでしかない。
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