とっくにもう
枯野の向こうへ行っちまったけど
俺に初めてフグを食わせてくれたのは
おんじゃん(おじいちゃん)だった
唇がぴりぴりしたら言わなあかんで
フグの毒がまわったゆうことやさかいにな
ぴりぴりするフグの味なんか
俺にはちっともわからなかったよ
まるでフグみたいに
喋るまえに口をぱくぱくする
おんじゃんの言葉は蟇口といっしょで
腹巻のどんづまりからひっぱりだしてくる
言葉が出てくるか銭(ぜに)が出てくるか
俺は銭だけを待ってたけれど
俺たちは引きこもりだった
おんじゃんは入れ歯と腰ががたがたで
俺は前頭葉がばらばらだった
あさおきてかおをあろうてめしくうて
俺が五七調で口ずさむ
宗匠づらのおんじゃんがあらわれる
われはあほか
俳句には季語ゆうもんがあんのや
春には春の
秋には秋の
花ゆうもんが咲くやろが
春夏秋冬
俺にはただ
だらんとした暑い日と寒い日があるだけだった
だから花びらみたいな俳句なんか
お地蔵さんの腹巻へつっ返してやる
宗匠はフグの口になって
きんたまなんか掻いてやがる
五七五や
たったの十七文字や
われはそんなんもでけへんのか
かまぼこでも切るように
おんじゃんは言葉をきっちり揃えようとする
切って削って五七五にして
だんだん言葉が少なくなってゆくんだ
口ばかりぱくぱくやっても
言葉なんか泡ぶくみたいなもんだ
とうとう俳句ふたつぶんくらいしか喋べれなくなった
それがおんじゃんの一日だ
そして俺の一日も似たようなもんだった
唇がぴりぴりになったら
そのあと
どうなるんだろう
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
おんじゃんの句もなかなかのもんだ
そう言って怒らしてしまった
われはほんまのあほや
そうだよ枯野をかけ廻っていたんだ
おんじゃんの夢も俺の夢も
それから四日後におんじゃんが死ぬなんて
あほな俺には考えられなかった
おんじゃんは
辞世の句も残さなかった
もちろん
フグの毒にあたったのでもなかった
(大阪では、フグのことをてっぽうともいう)
(2004)