遠くから、聞き覚えのある音楽が流れてくる。妙に懐かしい調べだ。
春よ来い、早く来い……♪
おもわず口ずさんでしまった。だが、歌の続きは出てこない。春はまだ遠くにあるようだ。
ときどきやって来るのは、灯油販売のトラックだった。
わが家には石油ストーブはないので、灯油は必要ない。大阪では、石油ストーブが無くても、小さな電気ストーブでもなんとか過ごせる。満足な暖はとれないがクリーンではある。
雪国ではない。真冬の冷たい空気もいいものだし、寒さにぶるぶる震えるのも悪くはない。いかにも窮乏生活に耐えているようで、ちょうど身の丈に合った生活をしているという妙な納得感がある。おもえば、子どもの頃は冬は寒さに震えているものだったのだ。
それに室内と室外の温度差がないというのも、慣れると快適に思えるようになった。そのまま戸外へ出ても、それほど寒さがこたえない。体のほうでも、寒さには次第に慣れていくものらしい。
ぼくが石油を燃やさないぐらいで、地球がきれいになるとも思えないが、ときどき部屋の換気をしなくていいということは、汚れた空気を吸わずにすんでいるということでもある。狭いながらも部屋の空気だけは汚していない。
春よ来い早く来いと回ってくる灯油販売のトラック。春が来てしまったら灯油も売れなくなるよ、なんて余計な心配かな。
だが、春よ来い早く来いと叫んでいる間は、まだまだ火の温もりが欲しいときなのかもしれない。
人間は冬眠するすべも知らないから、しばらくは寒風に曝されながら、ひたすら耐える季節が続くことになるのだろう。
春よ来い、早く来い。きようもどこからか、春を呼ぶ声が聞こえてくる。