曖昧な時間のなかへ
軽くフォークをたてる
さくっと乾いたあやうい手ごたえ
フィユタージュの薄いすきまから
あやしげに覗く
クレーム・パティシェールの甘い微笑み
私はもう逃げだせないのです
茫々とした記憶のそとへ
舞い散る千枚の葉っぱ(mille-feuille)
アントナン・カレームの
悪の囁き
くずれやすい乾いた手の
そのなかに深くおぼれてしまいそうです
葉脈の流れのさきまで
アルハンブラ宮殿の赤の
苺のように残酷につぶしてください
あまい蜜のしたたりの
壁を染めるイスラムの千の祈り
千人の唇の唇がしびれて
千本の指の指がくだけて
グラナダが燃えるグラナダが陥ちる
空しさへ満たされることの
冷たい喪失の予感のふちで
ミルフイユの層なす夢のあとは
フォークのように蒼ざめているのです
やがて首のない彷徨のとき
ルイ王朝の深い眠りに
ふたりは落ちる
(2004)