きれいな花は
きみのために咲く
と信じて
胸のボタンをはずし
きみの乳房を両手にうける
ぼくは天国へゆき
きみも天国へゆく
ボタンを押すと
きれいな花が咲く
と信じて
砂漠の少年は
冷たい鉄のこぶしを胸にだく
ぼくは天国へゆき
奴らは地獄へゆく
卒業式の日に
飼っていたホオジロにリボンをつけて
冷たい空に放してやった
冬の鳥だから
冬の山へ帰してやったよ
せんせいの声も
ピアニカのドミソも
みんな憶えていたいけど
ばいばい
おばあちゃんの声が
赤土の窓からとび出してくるんだ
たまごやき焼いたよって帰っといで
おばあちゃん
春だからみんな
空へ帰っていくんだ
だれかが
空のどこかでノックしている
コンコンコン
けきょけきょけきょ
窓を開けたら
ぼくの部屋もからっぽだ
ウグイスの声がする。
どこからか沈丁花の香りが、甘い風をはこんでくる。地中の虫も這い出してくるという、もやもやと春らしい陽気になってきた。
願はくは花の下にて春死なむ……
せっかちな父は、桜の花を待てずに死んだ。そんな父の祥月命日がきたので、天王寺のお寺にお参りした。
黄砂に交じって、あたりを真田丸の風が漂っている。
いまは戦場のごとく、多くの車が走りすぎる広い国道わきの神社の入口には、真田幸村戦死の地という標柱が建っている。
大坂の陣で戦さの中心場所となった寺の境内は、無名の戦士の死体で埋め尽くされ、その数は3千にも及んだという。墓域には名だたる戦士の墓なども建っているが、いまは大勢の参拝する人でにぎわい、線香の煙が仏像の顔も霞むほどに漂っている。
桜の花に早いなら梅の花かと、一転して地下鉄で天神橋に出る。天満の天神さんの大阪天満宮の散りかかった梅を見る。梅は添え物ていどで、境内は出店ばかりが賑わっている。
お隣りの天満天神繁昌亭の昼席で、うめ~話で笑って過ごすことにする。
大阪弁は、言葉そのものが笑いを含んでいる。ねばっこい語尾やアクセントで、きつい風刺もやわらかな笑いに変わってしまう。繁昌亭大御所の不倫騒ぎも、若手落語家が落語ネタにして笑いをとる。ゲスの極みは気を付けるベッキー、などとオチまで付いた。

体も頭も軽くなったところで、日本一長いという天神橋筋商店街をぶらぶら歩く。
初めてなのでどのくらい長いのかわからない。わからないから興味がわく。商店街といえばシャッター街のイメージが作られている昨今、1丁目から7丁目まで長い商店街が賑わっているというのも、天神さんの有難いおかげなんだろうか。
レトロな店とおしゃれな店が雑居していて、それぞれの店がまだら模様の主張をしているところが面白い。ごちゃごちゃしてるところに、大阪らしい懐かしい古さが残っているともいえる。
日本一はいいが、やはり長すぎる。
4丁目までねばったが挫折してしまった。旨そうな焼きたてのたい焼きを買って、JR天満駅から環状線に乗ったら、すでに夕方のラッシュだった。
おやっさん(親父)、まだまだ大阪の桜はつぼみが固うて咲かしまへんで。
夜中に、腹が痛くて目が覚めた。
この痛みは夢の中からずっと続いていたようだ。奇妙な夢ばかり見ていた。体がよじれるような夢の中から、いきなり暗闇に放り出されたみたいだった。
もともと胃腸はあまり丈夫ではなく、しくしく痛みがしみるような腹痛は、甘いものや辛いものを食べすぎたあとなどによく起きることなので、時間がたてばおさまると思っている。
しかし今回は、いつもの腹痛とちがって就寝中に起きた。みぞおちを突き上げてくるような鈍痛が、襲ってきたり治まったりする。このような痛みも珍しいものだったので、すこし不安になった。
痛みがしばらく治まっていると、いつのまにか眠りに入っている。そしてまた、夢の中でしばらく悪夢と格闘しているが、ふたたび鈍器で夢の壁を破かれて、夢の外へ放り出される。
そのうち治まるだろうと思いながら、悪夢は朝まで続いた。
軽い頭痛もするので、とりあえずルル3錠の風邪薬と甘くて苦い漢方胃腸薬を服用した。流行りの風邪と昨夜食べた鯖の食あたりを疑ってみたのだった。
痛みは治まったが睡眠不足で頭が朦朧とするので、一日中寝床に入っていた。午後になると、日頃の疲れまで洗い流されたみたいにすっきりした。
こんなに昼も夜も寝ていたのは久しぶりだ。
すこし頭が澄んできたら、子どもの頃、夜中に腹痛を起こした時のことを思い出した。痛みも同じだったような気がする。
父が腹を揉んだり擦ったりしてくれたが治まらず、真夜中に自転車の荷台に乗せられて町医者まで連れていかれた。眠りから起こされた医者も、大いに迷惑したことだろう。
腹部に冷たい聴診器を当てられたころには、ぼくの腹痛はすでに治まっていたのだった。
眠りを裂いて突然おそってきた、あの腹痛はなんだったのだろうか。ぼくが父親だったら、夜中に自転車を走らせたりしただろうか。たぶん、朝まで我慢しろと言ったにちがいない。
*
ヘロイン
夜中に突然おなかを痛くする
私はそんな子供だった
そのたびに
父の大きな手が
私のおなかを温めてくれる
ときには私の頬をぶった
太い血管がうきでた手
ぶ厚いふとんよりもしっかりと
私の痛みを押さえてくれた
私の体には
ときどき毒がたまるのだろう
今でも私は
夜中におなかを痛くすることがある
そんなときは
おなかに自分の手を当てたまま
しばらく痛みに耐えている
もう温かい父の手はない
私の手は
きょう娘の頬をぶった手だ
夜中に突然おなかを痛くする
私はそんな子供だった
そのたびに
父の大きな手が
私のおなかを温めてくれる
ときには私の頬をぶった
太い血管がうきでた手
ぶ厚いふとんよりもしっかりと
私の痛みを押さえてくれた
私の体には
ときどき毒がたまるのだろう
今でも私は
夜中におなかを痛くすることがある
そんなときは
おなかに自分の手を当てたまま
しばらく痛みに耐えている
もう温かい父の手はない
私の手は
きょう娘の頬をぶった手だ