幸せの時間
あさ
窓をあけると
庭が砂浜になっていた
知らない赤ん坊の小さな手から
さらさらと
砂がこぼれている
そこには昨日まで
たしか沈丁花が咲いていた
そうか
もう夏だったんだ
おもちゃのスコップと
バケツをもって庭にでる
はじめての砂浜
どこから来てどこへ行くのか
赤ん坊は何もしらない
私もまた
手のひらから砂をこぼしながら
幸せの時間を測ってみる
*
耳の海
夏は山が
すこし高くなる
祖父が麦藁帽子をとって頭をかいた
わしには何もないけに
あん山ば
おまえにやるとよ
そんな話を彼女にしたら
彼女の耳の中には海があると言った
その夏
レモンの海で泳いだあとに
夜は砂の上にねて
耳から耳へ
遠い海鳴りをいっぱい聞いた
いま山の上には
祖父の墓がある
あれから夏がくるたびに
ぼくは片足でけんけんをして
耳の水をそっと出す
*
サバイバルゲーム
ドングリを3個
ぼくの掌のうえにのせて
3円ですと娘が言った
ぼくはナンキンハゼの葉っぱを3枚
娘の掌のうえにのせる
ひとりといっぴきと
ひと粒と
今日と明日のために
これを食べて生きようと言った
娘は再びドングリを拾いはじめ
ぼくはナンキンハゼの葉っぱを拾う
そうやって
ぼくたちは日が暮れるまで
たっぷりと生きのびた
*
電車ごっこ
ちいさな電車だった
いくつも風景の窓があった
乗客はいつも決まっていた
新聞の匂いがする父と
たまねぎの匂いがする母
シャンプーくさい妹と
無臭のぼく
それと
停車する駅も決まっていた
五丁目と市民病院前
電車ごっこの紐は
祖母の大切な腰紐だった
ある夜
祖母をとおい駅まで運んだ
妹はお風呂のような匂いの中でねむり
父と母は長い話をしていた
ぼくはずっと耳を澄ましていたが
だんだん話が遠くなって
知らないところへ運ばれていった
あれから
ぼく達のちいさな電車は
走っていない
*
真夜中の水
わたしたち
滴って
真夜中の水になる
水は流れてゆく
肩から腕をみちびかれ
やがて
温かな手となって
夢の中へ
乾いたコップをうるおすように
とおい声を聞いている
苦しみも哀しみも
水の言葉で語りつがれていく
朝
まばゆさの方へ
滴って
わたしたち
新しい水になる
あさ
窓をあけると
庭が砂浜になっていた
知らない赤ん坊の小さな手から
さらさらと
砂がこぼれている
そこには昨日まで
たしか沈丁花が咲いていた
そうか
もう夏だったんだ
おもちゃのスコップと
バケツをもって庭にでる
はじめての砂浜
どこから来てどこへ行くのか
赤ん坊は何もしらない
私もまた
手のひらから砂をこぼしながら
幸せの時間を測ってみる
*
耳の海
夏は山が
すこし高くなる
祖父が麦藁帽子をとって頭をかいた
わしには何もないけに
あん山ば
おまえにやるとよ
そんな話を彼女にしたら
彼女の耳の中には海があると言った
その夏
レモンの海で泳いだあとに
夜は砂の上にねて
耳から耳へ
遠い海鳴りをいっぱい聞いた
いま山の上には
祖父の墓がある
あれから夏がくるたびに
ぼくは片足でけんけんをして
耳の水をそっと出す
*
サバイバルゲーム
ドングリを3個
ぼくの掌のうえにのせて
3円ですと娘が言った
ぼくはナンキンハゼの葉っぱを3枚
娘の掌のうえにのせる
ひとりといっぴきと
ひと粒と
今日と明日のために
これを食べて生きようと言った
娘は再びドングリを拾いはじめ
ぼくはナンキンハゼの葉っぱを拾う
そうやって
ぼくたちは日が暮れるまで
たっぷりと生きのびた
*
電車ごっこ
ちいさな電車だった
いくつも風景の窓があった
乗客はいつも決まっていた
新聞の匂いがする父と
たまねぎの匂いがする母
シャンプーくさい妹と
無臭のぼく
それと
停車する駅も決まっていた
五丁目と市民病院前
電車ごっこの紐は
祖母の大切な腰紐だった
ある夜
祖母をとおい駅まで運んだ
妹はお風呂のような匂いの中でねむり
父と母は長い話をしていた
ぼくはずっと耳を澄ましていたが
だんだん話が遠くなって
知らないところへ運ばれていった
あれから
ぼく達のちいさな電車は
走っていない
*
真夜中の水
わたしたち
滴って
真夜中の水になる
水は流れてゆく
肩から腕をみちびかれ
やがて
温かな手となって
夢の中へ
乾いたコップをうるおすように
とおい声を聞いている
苦しみも哀しみも
水の言葉で語りつがれていく
朝
まばゆさの方へ
滴って
わたしたち
新しい水になる