風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

てんとう虫

2010年05月20日 | 詩集「カクテル」



背中の星が重いから
飛翔しても
飛翔しても落ちる
てんとう虫の
小さな宇宙


野の草よりも軽く
持ち上げたものの重みに
耐えているが


あまりにも大きなものの中で
あまりにも小さく生きる
背中の星をかなしんでいる


だからときどき
おもいきって宇宙の外へと
飛び立とうとする


(2007)


コップ

2010年04月28日 | 詩集「カクテル」
Koppu


夜中にひとり
コップの水を飲むとき
背中でくらい海がかたむく


過ぎた夏は
濾過されて透きとおっている
貝殻をひろうときも
波をたぐるときも
手から手へ語りつがれる


太陽の影でねむり
月の満ちかけに目覚めている
手のなかに藻草
手のなかに乳房
いくども魚のようなキスをした


あの夏と海を
まだ飲み干していないね


(2004)

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精霊おくり

2010年04月28日 | 詩集「カクテル」
Red5


見えない川の流れが
ひかりの道になって伸びてゆく
やがて暗がりの海を
無数の生き物のように
静かにひらいてゆく


煩悩の揺らぎをくりかえし
見送るひともいつしか舟のひととなる
山は浅くつらなり
外海の潮は荒々しく松林を越える
北国へ向かう街道の
細長い土地で生きたひとびと
陸(おか)は万作だ 浜は大漁だ 狐の堤燈 ボウ
新盆の軒下にさがる細長いちょうちん
家々から放たれる鉦の静寂


精霊の灯はつぎつぎと
川を満たし海を満たし夜を満たす
残された人も中陰の岸にたち
賑わいながら遠ざかる
夏の背中を見送っている


     * * *

    北茨木にて。 「陸は万作だ……」は野口雨情の詩から引用。


(2004)


かごめかごめ

2010年04月28日 | 詩集「カクテル」
Kouen2


秋の夜長です
そとは虫の声です
娘と私
ふたりだけのかごめかごめ
うしろの正面だあれ
呼んでみても誰もいない
いつまでもいつまでも
かごめかごめ


まわるうちに
輪がひろがってゆく
鶴がでてくる亀もでてくる
小さな手がつぎつぎに
鳥になったり人になったり
誰が誰だかわからない
とうとう前もうしろも
正面ばかり


かごめかごめ
ふたりともかごのなか
そとは静かです


(2004)


蜥蜴(とかげ)

2010年04月28日 | 詩集「カクテル」
Yayoi


人間になったとき
長いしっぽは捨てたはずだが
ゆうべまた失くしたので
もういちど蜥蜴になろうと決心した


きのうよりも体が楽になったのは
まっすぐで生きられるからだろう


背中で陽が染まる
風が染まる
水が染まる
きゅうに地球がやさしくなった


黄色いひかりの刺激と
あおい草の慰め
縞もようの風景を生きてみる


草の毒で酔っぱらい
美しいしっぽで恋をする
あふれる色にそまったら
虹の告白を思い出す


そんな一日はきっと短い
目が覚めたら
地球の裂けめから這いだしていく
そのとき蜥蜴は
まだ蜥蜴の朝を知らないけれど


(2007)