からまつの暗い林を
どこまでも歩いたような気がする
急に空が明るくなって
その先に白い家があった
それは夏の終わりだったと思う
空へ伸ばしたきみの腕が
ブラウスの袖から露わになって
一瞬だけ宇宙人の細い腕がみえた
きみの空には
しばしばUFOが飛来するという
ぼくにはそれは
赤いナナホシテントウムシだったり
オオキンカメムシだったりしたのだが
きみは得意になって
小さなUFOをつかまえては
ふしぎな言葉を交わしていた
空に円をえがくきみの
快活な指先を追いながら
ぼくはきみから宇宙語を教わった
あなたが好きだとか
あなたのことは忘れないとか
キスしようとか
永遠だねとか
どれも夢のような言葉ばかりだったが
テントウムシは背中に星を背負っているから
いつでも宇宙には手がとどく
きみはそう言い残していなくなった
それは夏の終わりで
ぼくは永遠という宇宙語だけが思い出せず
ナナホシテントウムシは
ぼくの掌から飛び立とうとして
そのまま地球の草むらに
落下したのだった
(2008)
シロツメグサで
首飾りと花束をつくり
ぼくたちは結婚した
わたしの秘密を
あなたにだけ教えてあげる
小さな花嫁は言った
唇よりも軟らかい
かたく閉じられた秘密があった
シロツメグサで髪をかざり
赤ちゃんになったりお母さんになったり
お父さんになったり
子どもになったりした
朝といえば朝になり
夜といえば夜になった
夏といえば夏になり
冬といえば冬になった
一日は早く
一年も早かった
おいしいおいしいと言いながら
シロツメグサのパンばかり食べた
ときを忘れ
結婚していることも
すっかり忘れてしまった頃
彼女は美しくなって
ほんとの花嫁になった
手にはバラのブーケ
野には
シロツメグサがいっぱい咲いていたけれど
ぼくはもう
首飾りも花束も作らなかった
(2008)