風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

水の時間

2010年04月28日 | 詩集「家族の風景」
Iruka


洗面器の水に
指をひたす
わたし達の海はこんなに小さい


手と手が触れ合える
ささやかな暮らしでよかったね


ちゃぷんちゃぷん
ときどき窓のそとで水音がする
あれはイルカ
あれはシャチ
わたし達の赤ちゃんも
いま広い海を泳いでいる
青い水のなかを
水よりも青く泳いでいる


夜になると
わたし達も泳ぐまねをして
小さな赤ちゃんに
会いにゆく


(2007)


2010年04月27日 | 詩集「家族の風景」
Kotori


ながい腕を
まっすぐに伸ばして
陽ざしをさえぎり
さらにずんずん伸ばして
父は
雲のはしっこをつまんでみせた


お父さん
いちどきりでした
あなたの背中で
パンの匂いがする軟らかい雲に
その時ぼくも
たしかに触れたのです


(2008)


階段

2010年04月27日 | 詩集「家族の風景」
Kaidan_2


まいにち階段の数をかぞえる
それが母の日課だった
増えたり減ったりするのでとても疲れる
と母はぼやく
階段のある家には住みたくないといった
階段がなくなったら
ぼくの駅がなくなってしまう


階段の途中にぼくの駅はあった
痩せて背の高いひとが手をふっている
ぼくの帰りを待っている父だった
腕を横に伸ばしそれから斜めに下ろす
かたんと音がしてぼくの列車が通過する
階段を上り階段を下りる
一段一段に駅の名前が付いていた


妹はいつも
階段の途中で寝そべっている
そこにはきれいな花が咲いているのだという
ぼくには見えないけれど
いい匂いがするときがある


階段を上るとき窓が動く
階段を下りるとき景色が動く
景色が動くと階段も動きはじめる
脇見をしてはいけないと先生に注意される
だがぼくの列車は走りつづける


階段の途中で父を降ろした
父を降ろした駅は無人駅になった
忘れないように花をいっぱい植えたと妹がいう
花を踏んではいけないと
しばしば妹と言い合いになって
ぼくたちは階段の途中で泣いてしまう


母は階段をかぞえなくなった
階段はもう無くなったのだという
ぼくの階段はなくならないし駅もある
見通しが良くなって静かになった
無人駅の待合室のようにすこしさみしい
階段の途中にすわったまま
窓の景色が動くのを待っている
階段が動くのをいつまでも待っている


(2009)


2010年04月27日 | 詩集「家族の風景」
Robo


父のポケットに
ときどき手を入れてみたくなる
そんな子どもだった


なにもないのに
なにかを探してしまう
背のびしても届かない
指の先がやっと届きそうになって
もう父はいなかった


はじめて父のタンスを開けた
背中のかたちを残した上衣の
胸のポケットから
枯れたもみじの葉っぱが出てきた
置きわすれていた
小さな手だった


なにかを
掴もうとする手が
ふと父の手になっている
手は
落ち葉をひろい
風におよぎ
草の手になって
秋の
ポケットをさがしている


(2008)


2010年04月27日 | 詩集「家族の風景」
Kaede2


小さな手で
木の実をひろいながら
娘はおぼえた
ドングリという言葉を


ひろっても
ひろってもなくならない
小さな言葉


ひとつふたつと
みっつまではかぞえられた
そうやって
木の実のかずを
足していった


歓喜して
手からこぼれ落ちる
かぞえてもかぞえきれない
秋の言葉は
まだ知らなかった


(2008)