岩手 宮城 福島 水門や水道などインフラの維持管理費が負担に NHK 2025年3月11日 19時08分
東日本大震災の発生から14年がたちましたが、巨額の予算を投じて整備してきたインフラの維持管理費が各自治体の大きな負担となっていることが分かりました。
NHKが岩手・宮城・福島の自治体などに取材したところ、津波から住民の命を守るための水門などの維持管理費は6億円余りに上り、生活に欠かせない水道事業の運営費も震災前に比べて増加しているとみられます。
震災を機に整備 水門は
東日本大震災では、水門の閉鎖などにあたった多くの消防団員が津波の犠牲になったことから、岩手・宮城・福島の沿岸部では、総額137億円を投じて津波警報などが発表された場合に自動で閉まる水門などの設置が進められてきました。
維持管理にかかる費用はどのような状況なのか、NHKは今回、自動で閉まる水門などを管理する3県と沿岸部の12の市町村に取材しました。
その結果、水門などはあわせて463基あり、維持管理にかかる費用は年間で6億2000万円余りに上っていることがわかりました。
自治体の中には点検の方法を工夫するなどして維持管理費の削減に努めているところもありますが、それでも負担が重いとして岩手県などは国に財政支援を要望しています。
これに対し国は「全国的に見るとまだ導入していない自治体が多く、要望に対する具体的な検討はできていない」としています。
水道料金の値上げも 背景は
さらに被災地では、住民の負担にも直結する水道料金の値上げも相次いで行われています。
値上げの状況や運営費用などはどうなっているのか、NHKは岩手・宮城・福島の沿岸で水道事業を行っている28の市町村と3の水道企業団を取材しました。
その結果、震災の発生後に値上げを行ったのは、
▽岩手県の5つの市と町
▽宮城県の2つの市と1つの企業団
▽福島県の1つの市のあわせて9つでした。
運営費用については、震災の前と後で可能な限り比較できるようにするため、上水道事業に震災前から独立採算で経理を行う公営企業会計を適用している市町村や水道企業団に絞って集計しました。
その結果、昨年度(2023年度)の費用の総額はあわせて572億円余りに上りました。
一方で震災前の2009年度の運営費用は545億円余りで、設備などの価値が年々減少する分の減価償却費などが一部、含まれていないところがある可能性がありますが、単純に比較するとおよそ27億円増加しています。
老朽化した施設の更新や復興まちづくりに伴う新たな施設の整備などで費用がかさんでいることが大きな要因です。
一方で、急激な人口減少によって料金収入が減っているため、苦しい経営状況のところが少なくないのが実情です。
復興まちづくりやインフラの維持管理に詳しい岩手大学の南正昭教授は「復興事業がほぼ完了した今、さらに人口減少が進むまちにどれだけのインフラが必要で、どう維持していくのか、住民とともに議論していくことが重要だ」と指摘しています。
4月から下水道・水道値上げの岩手県大槌町は
岩手県大槌町は、下水道使用料を4月から平均45%、水道料金を来年4月から平均25%、それぞれ値上げすることにしています。
一般家庭でよく使われる、口径が20ミリで1か月に使う水量が20立方メートルの場合、1か月の料金はあわせて2000円近く上がることになります。
水道料金は30年以上前の1994年度以来、下水道使用料は今の制度が始まった1997年度以降で初めての値上げです。
40代の女性は「震災が落ちついてきたと思ったら物価が上がっているので、今のタイミングで値上げしてほしくない。生活が苦しく水道まで料金が上がったらどう暮らしていけばいいかわからない」と話していました。
70代の男性は「埼玉県で起きた道路の陥没のようなことが起こると怖いので、きちんと維持していくためにしかたないことだと思う」と話していました。
負担増えないよう取り組んだものの…
ただ、震災の発生後、大槌町では住民の負担が増えないよう将来の維持管理を見据えた取り組みが行われていたことがわかりました。
町の水道施設の復興事業を2013年度から2018年度までの6年にわたって主導した大阪・堺市によりますと、維持管理の負担が大きいと見込まれることなどから、当初は山の上に設置が計画されていた高層の配水池を整備しない計画に変更したり、ポンプ場を複数廃止したりしたということです。
しかし、津波で壊滅的な被害を受けた町には当初の想定どおりには人が戻らず、急激な人口減少が進み水道料金の収入は減ってしまいました。
大槌町の人口は、震災前のおよそ1万5000人から現在はおよそ1万人に大きく減っています。
町に派遣された堺市上下水道局の山田健太郎さんは「どれだけの住民が戻ってくるかを想像するのは、過去にない事例だったので非常に難しかった」と振り返っていました。
水道料金の収入が減っていることに加え、老朽化している施設の更新などに必要な資金も確保しなければならず、震災前は黒字だった上下水道事業の経営は急速に悪化しています。
大槌町の平野公三町長は、値上げの必要性は認識しつつも被災者の生活再建を最優先にするという考えのもと、これまで値上げを見送ってきたものの、値上げせざるを得ない状況になったと言います。
平野町長は「復興事業が一段落したいま料金を上げないとより厳しい状況になるので、ご理解いただくしかない。水道だけでなく道路や橋も含め、インフラの維持管理という視点を入れながら、まちづくりの計画を作っていく必要があると思う」と話していました。
まちづくりと連動させた宮城県山元町は
宮城県山元町は水道の運営費用が震災前との単純比較でおよそ1億9000万円少なくなっていて、この14年間、値上げも行っていません。
その理由の一つが、震災発生の4年後(2015年度)に始めた上下水道事業の包括的な民間委託です。
水道施設の維持管理や料金収納などの業務をまとめて民間に委託することで人件費の圧縮や未収金の回収などを進めた結果、導入後の5年間でおよそ8700万円の効果があったということです。
震災の発生当時、水道事業所の庶務班長を務めていた山元町の大橋邦夫総務課長は「急激な人口減少による事業収支の悪化が見込まれる中、住民負担につながる値上げを避けるための方策が民間委託だった」と話していました。
さらに町は、まちづくりとインフラの維持管理を連動させた取り組みも進めています。
山元町では町に若い世代を呼び込もうと、新婚世帯や子育て世帯を中心に移住者に対して手厚い補助金を出していますが、あらかじめ下水道が整備されている区域に住宅を建てれば、さらに30万円加算しています。
住宅の分散による新たな水道施設の整備を抑制しながら、住民にとっても住みやすいまちづくりを進めるのが狙いです。
大橋総務課長は「こうした取り組みもあって転入が転出を上回る社会増が続いている。少しでも魅力ある町をつくり上げる一翼を水道事業も担っていきたい」と話していました。
専門家 “どう維持していくのか 住民と議論を”
インフラの維持管理に詳しく、被災自治体の復興計画の策定にも携わった岩手大学の南正昭教授は人口減少時代の復興の難しさについて、「どこかのタイミングでまちのこれからを見通した復興の絵を描かなければならないが、壊滅的な被害が出た地域で、それを復興期に行うのはとても難しかったと思う」と指摘します。
そのうえで「これからさらに人口減少が進んでいくなか、14年かけてつくりあげたまちにどれだけのインフラが必要でどう維持していくのか、住民とともに議論しながら考えていくことが重要だ」と話していました。
東日本大震災の発生から14年がたちましたが、巨額の予算を投じて整備してきたインフラの維持管理費が各自治体の大きな負担となっていることが分かりました。
NHKが岩手・宮城・福島の自治体などに取材したところ、津波から住民の命を守るための水門などの維持管理費は6億円余りに上り、生活に欠かせない水道事業の運営費も震災前に比べて増加しているとみられます。
震災を機に整備 水門は
東日本大震災では、水門の閉鎖などにあたった多くの消防団員が津波の犠牲になったことから、岩手・宮城・福島の沿岸部では、総額137億円を投じて津波警報などが発表された場合に自動で閉まる水門などの設置が進められてきました。
維持管理にかかる費用はどのような状況なのか、NHKは今回、自動で閉まる水門などを管理する3県と沿岸部の12の市町村に取材しました。
その結果、水門などはあわせて463基あり、維持管理にかかる費用は年間で6億2000万円余りに上っていることがわかりました。
自治体の中には点検の方法を工夫するなどして維持管理費の削減に努めているところもありますが、それでも負担が重いとして岩手県などは国に財政支援を要望しています。
これに対し国は「全国的に見るとまだ導入していない自治体が多く、要望に対する具体的な検討はできていない」としています。
水道料金の値上げも 背景は
さらに被災地では、住民の負担にも直結する水道料金の値上げも相次いで行われています。
値上げの状況や運営費用などはどうなっているのか、NHKは岩手・宮城・福島の沿岸で水道事業を行っている28の市町村と3の水道企業団を取材しました。
その結果、震災の発生後に値上げを行ったのは、
▽岩手県の5つの市と町
▽宮城県の2つの市と1つの企業団
▽福島県の1つの市のあわせて9つでした。
運営費用については、震災の前と後で可能な限り比較できるようにするため、上水道事業に震災前から独立採算で経理を行う公営企業会計を適用している市町村や水道企業団に絞って集計しました。
その結果、昨年度(2023年度)の費用の総額はあわせて572億円余りに上りました。
一方で震災前の2009年度の運営費用は545億円余りで、設備などの価値が年々減少する分の減価償却費などが一部、含まれていないところがある可能性がありますが、単純に比較するとおよそ27億円増加しています。
老朽化した施設の更新や復興まちづくりに伴う新たな施設の整備などで費用がかさんでいることが大きな要因です。
一方で、急激な人口減少によって料金収入が減っているため、苦しい経営状況のところが少なくないのが実情です。
復興まちづくりやインフラの維持管理に詳しい岩手大学の南正昭教授は「復興事業がほぼ完了した今、さらに人口減少が進むまちにどれだけのインフラが必要で、どう維持していくのか、住民とともに議論していくことが重要だ」と指摘しています。
4月から下水道・水道値上げの岩手県大槌町は
岩手県大槌町は、下水道使用料を4月から平均45%、水道料金を来年4月から平均25%、それぞれ値上げすることにしています。
一般家庭でよく使われる、口径が20ミリで1か月に使う水量が20立方メートルの場合、1か月の料金はあわせて2000円近く上がることになります。
水道料金は30年以上前の1994年度以来、下水道使用料は今の制度が始まった1997年度以降で初めての値上げです。
40代の女性は「震災が落ちついてきたと思ったら物価が上がっているので、今のタイミングで値上げしてほしくない。生活が苦しく水道まで料金が上がったらどう暮らしていけばいいかわからない」と話していました。
70代の男性は「埼玉県で起きた道路の陥没のようなことが起こると怖いので、きちんと維持していくためにしかたないことだと思う」と話していました。
負担増えないよう取り組んだものの…
ただ、震災の発生後、大槌町では住民の負担が増えないよう将来の維持管理を見据えた取り組みが行われていたことがわかりました。
町の水道施設の復興事業を2013年度から2018年度までの6年にわたって主導した大阪・堺市によりますと、維持管理の負担が大きいと見込まれることなどから、当初は山の上に設置が計画されていた高層の配水池を整備しない計画に変更したり、ポンプ場を複数廃止したりしたということです。
しかし、津波で壊滅的な被害を受けた町には当初の想定どおりには人が戻らず、急激な人口減少が進み水道料金の収入は減ってしまいました。
大槌町の人口は、震災前のおよそ1万5000人から現在はおよそ1万人に大きく減っています。
町に派遣された堺市上下水道局の山田健太郎さんは「どれだけの住民が戻ってくるかを想像するのは、過去にない事例だったので非常に難しかった」と振り返っていました。
水道料金の収入が減っていることに加え、老朽化している施設の更新などに必要な資金も確保しなければならず、震災前は黒字だった上下水道事業の経営は急速に悪化しています。
大槌町の平野公三町長は、値上げの必要性は認識しつつも被災者の生活再建を最優先にするという考えのもと、これまで値上げを見送ってきたものの、値上げせざるを得ない状況になったと言います。
平野町長は「復興事業が一段落したいま料金を上げないとより厳しい状況になるので、ご理解いただくしかない。水道だけでなく道路や橋も含め、インフラの維持管理という視点を入れながら、まちづくりの計画を作っていく必要があると思う」と話していました。
まちづくりと連動させた宮城県山元町は
宮城県山元町は水道の運営費用が震災前との単純比較でおよそ1億9000万円少なくなっていて、この14年間、値上げも行っていません。
その理由の一つが、震災発生の4年後(2015年度)に始めた上下水道事業の包括的な民間委託です。
水道施設の維持管理や料金収納などの業務をまとめて民間に委託することで人件費の圧縮や未収金の回収などを進めた結果、導入後の5年間でおよそ8700万円の効果があったということです。
震災の発生当時、水道事業所の庶務班長を務めていた山元町の大橋邦夫総務課長は「急激な人口減少による事業収支の悪化が見込まれる中、住民負担につながる値上げを避けるための方策が民間委託だった」と話していました。
さらに町は、まちづくりとインフラの維持管理を連動させた取り組みも進めています。
山元町では町に若い世代を呼び込もうと、新婚世帯や子育て世帯を中心に移住者に対して手厚い補助金を出していますが、あらかじめ下水道が整備されている区域に住宅を建てれば、さらに30万円加算しています。
住宅の分散による新たな水道施設の整備を抑制しながら、住民にとっても住みやすいまちづくりを進めるのが狙いです。
大橋総務課長は「こうした取り組みもあって転入が転出を上回る社会増が続いている。少しでも魅力ある町をつくり上げる一翼を水道事業も担っていきたい」と話していました。
専門家 “どう維持していくのか 住民と議論を”
インフラの維持管理に詳しく、被災自治体の復興計画の策定にも携わった岩手大学の南正昭教授は人口減少時代の復興の難しさについて、「どこかのタイミングでまちのこれからを見通した復興の絵を描かなければならないが、壊滅的な被害が出た地域で、それを復興期に行うのはとても難しかったと思う」と指摘します。
そのうえで「これからさらに人口減少が進んでいくなか、14年かけてつくりあげたまちにどれだけのインフラが必要でどう維持していくのか、住民とともに議論しながら考えていくことが重要だ」と話していました。