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東京の人 55

2009-06-06 20:45:23 | 残雪
里見公園は室町時代、里見氏が北条氏と戦った古戦場跡で、桜の名所になっている。  
その西洋風の広場を通り抜けて坂を上ると、眼下に水量豊かな江戸川を望むことができる。
公園から江戸川沿いに下って右手に行くと、矢切の渡しがあるが、歩くとかなりの距離なので、寺井は諦めて公園近くのバス停から市川駅に戻ろうとした。
でも、かおりはまだ歩きたそうにしている。
「若いひとはいいね」
「修さんだって充分若いですよ、まだまだ」
「でも、すぐ疲れちゃって」
「東京の人は運動不足なんです、動かないんだから」
「そうかなあ、時間が無いんじゃない」
「楽をしすぎているんだと思います、私なんか家の事は全部やっていたから」
「かおりさんは本当によく働いていたね」
「それが当り前だったから、それよりかおりさん、なんてやめて下さい」
「そう、でも呼び捨てにするのも・・」
「私は気にしていません」
そう言って寺井を真っ直ぐに見つめてきた。
相変わらず日本人形の様な顔立ちで、非現実な美しさが寺井の胸を打った。
バスがすぐに来ないので、千葉商科大学裏の狭い道を下り、弘法寺(ぐほうじ)に向かった。小さな案内版が出ている。
ここの伏姫桜と呼ばれるしだれ桜は、樹齢400年と推定されている古木で、結構有名だ。
弘法寺の急な階段を下りると、万葉集に詠われている、真間の継ぎ橋に着く。
紅く塗られた小さな欄干が残っているだけだが、そこに静かな喫茶店があり、コーヒータイムにした。
「私ね、本社に来ないかって言われているの」
「よかったじゃない、認められてきたんだよ」
「物流管理の課長なんだけど、本社に行く度に近くのカフェに誘われるんだけどね」
「何かあったの?」
「眼つきがね」
「変なの?」
「真面目に話してはいるんだけど、私の足元からじっと見上げる様に観察してるみたいで」
コメント
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