手にとるとふわっと軽くて、少し力を入れるとカサカサとつぶれてしまいそうな危うさ。とうてい美しいとは言えないこのセミの抜け殻のことを、こんなに美しい言葉「空蝉(うつせみ)」と呼びます。
この世に生きている人や、現世のことを意味する「現身(うつしおみ)」(現人)という言葉が転じて「うつそみ」となり、空蝉にかけたようです。
セミが何年も土の中で過ごし、脱皮して鳴けるようになっても、数日しか生きられないのはご存じの通り。その儚なさを、昔の人は重ね合わせたのでしょうね。
儚くても、むなしくても、精一杯生きるのはセミも人も同じ。今日も、全身全霊を傾けて鳴いていた蝉。頑張ってください。
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