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大!英国航空




夫は出張が多い。


その結果、航空会社の最上ステイタスカードを所持しており、うち一枚がBA(英国航空)のもので、彼のメインカードだ。

彼曰く、英国航空は、マイルやポイント加算条件が非常にタイトなため、カードホルダーが少なく、質がいい(高慢な態度で申し訳ない)。結果、会社側はカードステイタスにふさわしいサービスを供給することができる。

反対に、例えば米国の航空会社などは、マイル/ポイントを集め易いがためにカードステイタスが非常に大衆的で、サービスにありがたみがない。

ということだ。

...嫌なスノッブ野郎ですね。それに英国航空がお気に入りだなんて、ちょっとMっぽいのでしょうか。



わたしは特に英国航空が好きではない。いや、むしろどちらかと言うと嫌いだね。

何はさておきスタッフのやる気のなさ。
そんな嫌な仕事やったら転職したらええやんか、とつぶやかずには見ていられない接客態度には、わたしも萎える。もちろん彼らは客を萎えさせるために、そういう態度を選択しているのである。すばらしい技能だ。

正確を期すために書き添えるが、彼らは全力でやる気のなさを演出しているだけで、無礼をすることは決してない。世間話をすると無駄にフレンドリーだったりする。まあ、やる気のなさをあれほどの勢いで示す、ということは無礼と言えば無礼だけど。

もちろんここではお客様は神様ではない。



今年、英国航空で何度か旅行して気がついたことがあった。あれは英国航空のスタッフだから接客態度がなっていないのではなく、彼らが英国で働く労働者だからなのではないか、と。

トラブルがあったオマーンの地上係員の男性は、物腰の美しいジェントルマンで、非常に有能で、接客業に必要な働きとチャームを熟知していたし、またシンガポールではアジアのサービスは無形文化財に指定するべきだと思った。



たぶん英国の比較的規模の大きい会社で働く人々の何割かは「客であるあなたは、従業員であるわたしに時給以上の働きを求める理不尽な奴だ。わたしの仕事をこれ以上増やすなボケ」と思っている。

そしてそれを仏頂面と緩慢な態度で表すことにより、「客とわたしと会社の関係は完全に対等です!お客にも会社にも決してへりくだったりしません!微笑みが欲しい?じゃあ時給上げてから言えよ!」無言でシュプレヒコールを上げているのだ。

余剰なサービスをしたら、つまり余力があると見なされ、もっと働かされるか、時給を下げられるかくらいに思っている。

これはあの偉大なるドイツ系ユダヤ人が、産業革命以降のイギリスにおける劣悪労働環境を書き取った当時を前後して、労働者が習得せざるをえなかった生き延びるための手段なのかもしれない...


そう思うと、彼らのやる気のなさアピールに対しては慈悲深い態度で接して差し上げようと寛容な笑みを浮かべてしまうから不思議である(笑)。あっ、わたしは人権擁護派ですよ!

最終的には客をそういう気持ちにさせるのが彼らの狙いに違いない。なんと複雑な戦略。でも成功してるよ...(笑)



わたしが好きなエアラインは全日空。エミレーツ。シンガポール航空...





わたしはよくロンドンへ出かけるが、サービス業の人はともかく、一般的に人々は親切で感じがいいと思っている。サービス業でも自分の働き如何が即売り上げ成績に反映される場合(個人商店だったり、商売の顔だったり)は、すこぶる愛想が良かったりする。人間ってこんなもの。




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かぼちゃ大王本番前









かぼちゃ大王。ちょうど一ヶ月フライングのわけは、今、娘の学校で来年のカレンダー作りをしているから。撮影に必要なのだそうだ。


ブルージュでは、数年前までハロウィンなど知らない人の方が多かったのに、秋の風物詩として学校で堂々とハロウィンが採用されるようになるとは...民族アイデンティティ的にどうなのか?(<個人的には「民族アイデンティティ」という価値は重く見ていない。単なる突っ込みです)と余計な心配をしてしまうではないか。


グローバリズムの「おかげで」、暦には他所起源のお祭りがどんどん増えて行く。世界中の人々が、世界中のさまざまな民族のお祭りを一緒に祝うようになったらそれはそれですばらしい世界と言えるかもしれない
...時々チェーンメールで流れてくる「ええ話」の劣化版レベルのオチで申し訳ないです。個人的にはそんな世界、嫌だなあ。むろん、主義信仰のために「蝿の王」化した世界はもっと嫌だが。




最近、なんとかの一つ覚えでグローバリズムの悪口ばかり言っている。わたし自身、グローバリズムの恩恵を受けていることを棚にあげて。
諸悪が存在する説明にグローバリズムというキーワードを使うのは「便利すぎるから」自粛しようと思う。いつの世にもこういう万能はさみみたいに便利なキーワードはあり、なんとかはこういうはさみを使いたがるのだ。




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ベルギーで風呂に入るには




先日お風呂の給湯器が逝った。

プラマーに電話して大至急を連発したら、「午後伺う」と言う。

はいは~い、今日の午後ね~期待せんと待ってるで~


そうしたら本当に午後来たので驚いたのである。
こんなに上手いこと行ってええんかなと。

給湯器の老朽化が原因ということで、新しいものと取り替えるなどして、3時間ほどで作業はスムースに終了。

「これで今夜は問題なく風呂に入れますね」
「そのはずですね」

「はずて、あなた...」やっぱりそういうお返事ですか。



新しい機械がついたということは、これで問題なく湯を湯水のように使える平和な日常生活が戻ってきたということだ。そう思うよう努めるのだが、心の片隅でやはり「こんなに上手いこと解決するはずないやん。ここはベルギーやで?」という小声が聞こえるのである...わたしはベルギーに長く住みすぎたのだ...


午後8時、バスタブに湯を貯めようとしたら...



ええ、やっぱり冷水しか出てきませんでしたよ。
やっぱりそんな上手いこと行くわけないんですよ。ここはベルギーですから。


翌朝電話。
また半日蟄居か~、とうんざりしていたら、受話器を置いて10分としないうちにプラマー氏が現れたから、わたしの愛想炸裂。小市民よのう...

新しい給湯器の電圧が高すぎたという問題点とその改善方法についてもしっかり説明があり、故に修繕はすっかり終わったと思った。
事実、夕方娘は楽しいバスタイムを過ごした。

そして夜半...
セントラルヒーティング、家の2、3階部分(全寝室がある)の電圧がすべて落ち、闇の中に沈んだ。新しい給湯器が恐ろしいまでに電気を食っているのだ。


その翌朝、また電話したワケです。
最優先で来てもらうために、苦情の一つを言うどころか、めちゃくちゃ愛想のいい自分のことを、まるで悟りの境地に達したワタクシ、と勘違いしそうだった。

こうしてわたしはベルギー生活に馴染んでゆくのである。



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Of Mice and Men




出たな 鼠小僧...


レミーと出会った時のリングイニの驚きはこんなもんじゃなかったろうが。

それがね~もうかわいいやつなの!
体長が4センチくらいで、耳が大きくて、ベージュの毛がふさふさしてて...



わが家は築400年だ。
過去の遺産を残しつつ、現代風に改装してあるが、まあはっきり申しましてどこもかしこもガタピシである。ねずみが出ても当然なのかもしれない。
出ても当然な環境で、出るのがかわいらしいネズ公だとしても、衛生面からはできるだけ速やかに完全にお引き取り願わねばならない。

それで義理父が街の金物屋でねずみ取りを買ってきてくれた。

これが世に言う最終兵器か...実物を見るのは初めてだ。
現代でもねずみ取りはトムとジェリーに出てくるあのままなんですな。
10センチほどのかまぼこ板に針金のバネ製。デザインの改良の余地なしさにかけては自転車やはさみと並ぶと思う。デザイン賞を上げたいくらいだ。



想定出没場所(冷蔵庫の裏の壁に2センチくらいの穴あり)に、チーズのかけらをセットした罠を4つほど置いて2日...3日...

ねずみ、よほどわたしの悲鳴に驚いたのか、出てこなくなった。
少しほっとする。あんなかわいらしい動物の死骸(しかも手を下したのはわたし)、見るに忍びない。

一方、飼い犬がチーズを狙って鼻をスンスン言わせているではないか。
ここで挟まれたらあなたジェリーやんか...



夫に穴を塞ぐよう提言したにもかかわらず「人道上、生き埋めにだけはできない」そうで、え?ねずみは穴の中で待機している訳じゃなくて、別の出入り口を使って逃走中だと思うんだけど、というわたしの意見は無視された。


わたしの周りだけかもしれないが、ベルギーの習慣として、何事も「出てこなくなったらオッケー(つまり、表面的に一時解決したらそれでよし)」とするところがあると思う。
臭いものに蓋をするだけかね?時が解決するってこと?確かにね。でも時が傷口を広げることもあるぞ。
日本人はもっと根本から解決したいと思いがちではないだろうか?

まあ人生、根本から解決できるものなんて数少なく、たいがい徒労に終わることはわたしでも知ってるけど。


The best laid schemes of mice and men
Go often askew



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海辺のブレイデナ




ああ、わたしはとうとうこんなところへ流れ着いてしまったのか...



ダイビングの講習を受けている娘を、数回だけ別の施設へ連れて行かなければならなかった時のことだ。

ブルージュから北海へ向けて車で20分ほど、オステンドの近くの寂れた小さな海辺の街、ブレイデナ。


フランダース地方には「ブラウン・カフェ」という種類のバアがある。
その名の通り、内装は壁も床も家具も伝統的な茶色で統一されている。決しておしゃれな酒場ではなく、例えば...午前中から飲んでいる人々(前夜から飲み続けている人々と言った方が適切だろうか)がたむろするような店もブラウン・カフェの一種である。

たいていのスポーツ施設にはバアがついており、これがまたブラウン・カフェであることも多い。これは「痩せたい、でも食べたい」という欲望なのか?それともスポーツ施設もバアと同じ単なる社交場?


ダイビングの講習があったブレイデナ市のプール施設にも、ブラウン・カフェがあった(スポーツを終えた人が利用するだけでなく、一般用の街のバアとしても機能している)。

カウンターの中に立っているのは、極端な金髪、たるんだ肌にどぎつい化粧、安物と一目で分かるぱつぱつのタンクトップ、肥大臀部をジーンズに包んだバーテンダー。
くだらない番組を垂れ流しにする壁掛けテレビ、大音量のクラブミュージック、死んだ魚のような目をした酒飲みがカウンターにぶら下がって一番安いビールを飲んでいて、たとえエマージェンシーであってもトイレは使いたくない、そんな...平凡なバアだ。
そういった世界中どこでもあるだろう平凡さが、同時に暴力性を帯びているといういたたまれなさ。崩壊しかけの「家庭」と同じ。

ブコウスキーの筆が冴えたら、このバアも、彼の小説の中の凄惨なバアとして描かれる可能性大である。


わたしは娘が講習を受けている間、そこで時間を潰すしかなかった。車の中はサウナのようだし、周りは田舎の住宅街で何もない。人通りさえない。

思えば遠くへ来たものだよ。
物理的な距離の遠さもだが、バウムガルテンの美学的な意味で。


出張中の夫に電話して「わたしの人生、こんなところでエンドアップするとは夢にも思わなかった」と、言ったら笑っていた。



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