荻野洋一 映画等覚書ブログ

http://blog.goo.ne.jp/oginoyoichi

『アキレスと亀』 北野武

2008-11-08 18:58:00 | 映画
 たけしの映画はむき出しの自意識の突出ゆえに、気恥ずかしさや苛立ちを受け手に抱かせるが、思い思いの感情に揺さぶってくる画面の連鎖にはどうにも抗しがたく、前作『監督・ばんざい!』を見た際には、この人が生きている限り新作を見続けていこうと心に決めたのだ。新作『アキレスと亀』は、いわば『監督・ばんざい!』のリメイクと言ってよく、これほど早期にリメイクを作る映画作家も珍しいが、たけし自身の分身たる主人公の映画監督を、今度は画家に置換しただけである。

 本作で画家の妻役を好演している樋口可南子は、以前はやくざの姐さん役で啖呵を切ったり、何度もヌードになったり、大ダコと絡んだりといろいろと試みてはきたのだが、どうも決定打に欠ける女優であった。ところが最近、携帯電話のコマーシャルや大河ドラマなどでの成功で、すっかり当代随一のお内儀女優として名を馳せた感がある。報われぬ努力に精を出す本作主人公のパートナーとして、まさに適役であった。
 ギャラリーの嫌らしいオーナーから「もっと芸術というものは、命を賭けなくてはならない」などと吹聴されて帰宅した夫が、生命の危険を感じる緊張感から創造の源泉を得ようと、水を張ったバスタブに自分を沈めるよう、妻に命じる。この馬鹿げた命令に、初めは躊躇したものの、やがて夫のためならと必死になってバスタブの中に首根っこを押しつけるシーンは、じつに秀逸であった。


11月14日(金)までテアトル新宿などで続映
http://www.office-kitano.co.jp/akiresu/