荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『記憶が私を見る』 宋方 

2012-12-02 11:35:52 | 映画
 中国の新人女性映画作家、宋方(ソン・ファン)が賈樟柯(ジャ・ジャンクー)のプロデュースのもと発表した長編『記憶が私を見る』。北京在住の主人公(監督の自演)が、南京の実家に帰省するところから始まる本作を見て思い出したのは、今年公開されたヤン・ヨンヒの『かぞくのくに』だった。
 一人娘が家族の肖像を見つめ、できごとを映画に記録しようとする。在日コリアンのヤン・ヨンヒは、北朝鮮に帰らねばならぬ兄(井浦新)との今生の別れの劇的再現を図り、思い入れたっぷりに写し取った。そこでは、再現と記録への希求が映画全体を支配していた。
 いっぽう宋方は、帰省した一人娘という傍観者の隠れ蓑に閉じこもり、家族の肖像を口数少なく見つめ、逆にあぶり出された記憶によって、みずからの現状を問いただす。しかし宋方は、問いただされた立場に対し意識的にゼロ解答を決めこんで、貝となるのである。
 また、ロケーションの問題は、作り手側の確信犯的なやり口の結果である。車でのわずかな移動シーンをのぞけば、本作は南京市内の二、三のせせこましい集合住宅の居間、キッチン、寝室だけで構成されている。外界から隔絶され、三壁に囲まれつつも、オフの戸外ノイズは不自然に録音レベルが高く、登場人物が、混濁した世界から隔絶しているのではないことを過剰に強調していた。
 それにしても、若手作家が自作にこのような技術的な自己抑制と制限をほどこすのを目の当たりにすると、いまさらながらに作り手というのはすごい存在だなと思わざるを得ない。もし自分が賈樟柯のプロデュースで映画を作る機会を与えられたら、舞い上がってもっといろいろな場所でいろいろなことをしでかしてしまうだろう。


第13回東京フィルメックス〈コンペティション〉部門にて上映(配給の記載なし)
http://filmex.net/