荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『リンカーン/秘密の書』 ティムール・ベクマンベトフ

2012-12-05 18:38:11 | 映画
 リンカーン大統領の裏稼業がヴァンパイア・ハンターだったという、じつにばかばかしい奇想だけを武器に最後まで突っ走る本作は、英雄像をグロテスクなまでに膨張させて、はなはだ興味深い。
 幼少期に母親がヴァンパイアに殺害されるところを目撃したリンカーンは、復讐を志して特殊なトレーニングを受け、超人的な戦闘能力を身につける。昼間には法律家・政治家としての活動を軌道に乗せていくいっぽう、夜な夜な梅安、主水よろしく必殺仕事人に変身して、残忍な吸血鬼狩りに血道をあげるのだ。選挙に当選し、南北戦争を戦い、奴隷解放を宣言するかたわら、全米のヴァンパイア撲滅にも余念がない。彼にとってヴァンパイアとは、母親の生き血を吸ったエディプス的対象なのである。なんとも多忙なるリンカーンの人生よ。
 監督のティムール・ベクマンベトフは以前はソ連軍に入っていたカザフスタン人で、アンジェリーナ・ジョリー主演の『ウォンテッド』(2008)など、ど派手なバトル・アクションを得意とする(ソ連軍にいたころはまさかハリウッド映画を撮ることになるとは思わなかった、と述懐している)。来春にはスピルバーグ版の『リンカーン』が公開されるが、機先を制してこの手の俗流企画が出てくるのは、かつての香港映画のようなフットワークだ。
 敗色濃厚な南軍が、なにを血迷ったかヴァンパイア勢力と同盟を結び、不死身のバケモノ兵士を前線に送り出すシーンがあるが、これはアメリカの誰も怒らないのだろうか。アメリカ映画の描く悪は(南軍を悪と決めつけるやり方もかなりインスタントである)以前にも増して二者択一的で、もはや勧善懲悪の域さえも破壊しているように見える。


銀座テアトルシネマ(東京・銀座一丁目)ほか全国で上映中
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