「どうなるって? ははは…私がお訊(き)きしたいくらいのものだ。それが分かれば、死ぬことなど、怖くもなんともない!」
戸山はそう言うと、グイッ! とグラスの酒を飲み干した。その左隣に座る新貝は腕組みをしながら、それも一理あるな…と頷(うなず)いた。
「分かる人などいないということですね…失礼」
「どうなるかは分からないが、私は夢を見たことがある。もし、そのとおりなら、死後の世界はあるのかも知れない」
戸山は一年前、夢を見た。目覚めたとき、その夢は鮮明に戸山の脳裡に残っていた。
死んだはずの兄が戸山に金を返そうとしていた。場所は部屋の玄関前だった。戸山は、いいから貰っておいて欲しいと片言で話していた。そういや、思い当たることがあるぞ…と、戸山は思った。
戸山が住む近くの龍神沼には龍神を祭る鳥居があり、水の中に浮かんでいた。その沼には昔から伝わる話があった。沼岸から鳥居の中へ貨幣を投げ入れ、それが通り抜ければ願いが叶(かな)うという言い伝えだった。幼い戸山は金をもっていなかった兄に金を渡した。兄は見事に鳥居を通過させた…。ふと、戸山はそのことを思い出したのだった。
ダウンライトのオレンジ光が戸山にグラスに反射した。戸山は静かにカウンターのグラスを手にし、酒を口に含ませた。あのときの金を兄は返そうとしたんだ…と戸山には思えた。その話を新貝にしたのである。
カウンター越しにグラスを拭(ふ)くバーテンの顔が見えた。二人の会話は当然、バーテンにも聞こえていたが、バーテンは聞こえていない態で拭き続けていた。
「どうなる? フフフ…どうかなりますって…」
聞いていないはずのバーテンがグラスを拭く手を止め、戸山の空グラスにウィスキーを加えながら急に二人を見た。戸山と新貝は驚いたようにバーテンの顔を見た。
「私は二十日前に死んでますから…」
バーテンは慰めるような目つきで二人にそう言った。
「ええっ!!」
二人は同時にグラスをカウンターへ置いた。そういえば、バーテンの顔は蒼白く、店内には誰も客がいないことに二人は気づいた。二人の酔いは一気に醒(さ)めた。
完