池山は運勢というものをまったく信じない男だった。というのも、すべての予想がことごとく外(はず)れていたからである。
「どうだ、明日は?」
同じ職場の瀬川がオフィスの窓ガラス越しに空を眺める池山に訊(き)いた。
「降りそうだな…」
池山は朴訥(ぼくとつ)に答えた。
「ということは、晴れか…。よし! コンペは大丈夫だな」
瀬川の言葉に池山は敢(あ)えて返さなかった。ほぼ100%の確率で自分の逆になることが池山には分かっていた。だから、無言で池山は頷(うなず)いたのである。
こんなことが続いたあるとき、ふと池山にアイデアが浮かんだ。
『職場で運勢占いをやったらどうだろう…。真逆に出る現象を利用しない手はない。見料は一人につき一回、100円でいいだろう…』
池山は発想を深めた。自分が思う逆を言えば当たることは目に見えていた。
食堂で軽く昼食を終えた池山は、屋上へエレベーターで昇り、昼休憩を利用して占いをやり始めた。池山が占いをしていることは、口コミで社内に知れ渡っていた。
「はい、いらっしゃい! 深津さんはなんですか?」
同じ課のOL、真理を前に、池山は折り畳み椅子に座って、そう訊(たず)ねた。これで120人目か…と、池山は手に持った手帳へペンでメモをした。
━ 120 深津真理(人事課) ━
「あの…好きな人がいるんです。上手くいくでしょうか?」
『駄目だな…ということは、近く深津君も結婚か…』
と、池山は直感で思った。
「大丈夫! あなたの恋愛運は上っています。近く成就するでしょう。相手に熱い視線を送り続けることです」
池山は占い師の口調で思う真逆を適当に言った。
「有難うございました…」
真理は百円硬貨を一枚、池山に手渡すと去った。見料を知っているところをみると、社内でかなり好評のようだ…と、池山は思った。
そうこうして、半年が過ぎた頃、池山は専務の海堂に呼び出された。瞬間、池山は怒られるのか…と思った。
『社内規定では、そんな条文があったような、なかったような…』
不確かだったが、池山に不安が走った。
「いや、どうこう言ってるんじゃない。ヒューマン・リレーションズだ。人間関係が密になり、大いに結構なことだ。ははは…どんどん、やってくれたまえ。ところで、君を呼んだのは他でもない。ちょっと家内には内緒なんだが、コレとの旅行、どうだろう? バレないか」
海堂は今までの威厳はどこへやら、俄(にわ)かに相好を崩し、ニヤけた顔で小指を立てた。
「はあ…」
池山は一瞬で、上手くいくな…と閃(ひらめ)いた。ということは、真逆でバレるということだ。池山は一瞬、本当を言うべきか…と躊躇(ちゅうちょ)した。なにせ、上司の取締役である。下手なことを言えば、首が飛ぶだろう…と思えた。
「おかしいですね…分かりません」
「んっ? どういうことかね?」
「いや、こんなことは初めてなんです。専務の先が読めないんです」
池山はとうとう、バレますとは言えず、暈(ぼか)して専務室を出た。専務室のドアを閉じ、池山はとりあえずホッ!とした。
時が流れ、一年後、池山は真理と結婚していた。真理の意中の人は、なんと占った池山だったのだ。池山は教会のチャペルで同僚社員達に祝福されながら、俺は不幸になるな…と、感じた。そこには祝福する専務の笑顔もあった。その笑顔に一年前と同じ、専務の先の幸せが予見できた。
半年後、海堂専務は産業スパイとの浮気がバレ、それがもとで平取締役に降格された。その後も、池山は自分の不幸を予見しながらコツコツと占い師を会社で続けている。
完