快晴のある日、石崎は欠伸(あくび)をしながら何げなく空を見上げた。快晴なのだから当然、雲一つない青空が広がるだけである。だがそのとき、空の一角から俄(にわ)かに人の腕が現れた。UFOならよくありそうな話で納得もいく。だが、石崎の目に見えたのは明らかに人の第二関節までの片腕だった。しかもその巨大さといえば半端ではない。外観からすれば、どうも男の手のように石崎には思えた。だが、常識では完全にあり得ない事象なのだから、目の異常か…と瞬間、石崎は眼科へ行こう…と思った。目を擦(こす)ったが、いっこうにその巨大な腕は消えそうになかった。しばらくすると、その腕はゆっくりと動き始めた。それは恰(あたか)も水の中へ入れられた腕が水をかき回す動きに似ていた。要は、石崎が水中で見ている構図なのである。そんな腕が見えること自体、すでに異常なのだが、現に石崎の目に見えているのだから否定しようもない。石崎は視線を落とし地上の風景を見た。無視(シカト)すれば、消えるんじゃないか…と単純な発想で思ったのである。そうこうして、しばらく庭の選定作業をやっていた。
「あなた~、お昼よ!」
妻の智子(さとこ)が石崎を呼んだ。
「ああ!」
石崎は剪定をやめ、空返事(からへんじ)の声を出した。腕時計を眺(なが)め、そんな時間か・・と思った。空の腕のことはすっかり忘れてしまっていた。
「さっき、腕が空にあった…」
食事の途中、石崎はふと、さっきの妙な出来事を思い出し、口にした。
「えっ?!」
智子は、この人大丈夫かしら? という怪訝(けげん)な眼差(まなざ)しで石崎を見た。
「嘘じゃないよ。本当に腕が空に…」
「疲れてるのよ、あなた。少し横になった方がいいわ…」
智子は完全に疑っている…と、石崎には思えた。だが、これ以上、嘘じゃない! とは言えず、「ああ…」と素直に頷(うなず)いて、石崎は食事を済ませた。
食事が済み、立ち上がった石崎はガラス戸越しに見える庭を徐(おもむろ)に眺(なが)めた。そして、少しの恐怖感を秘めながら徐々に視線を空の方へ上げていった。空にはやはりグルグルと手首でかき回す腕があった。
「おい! あれ!!」
石崎は思わず智子へ声を投げていた。
「なに?」
洗面台で食器を洗っていた智子が振り向いた。石崎は空に浮かぶ腕を指さした。
「えっ? なに? なによぉ~」
智子は洗い物の手を止め、石崎に近づくと石崎が指さす空を見た。
「嘘!!」
智子にも巨大な腕が見えたのである。二人は出会う人すべてにその話をした。しかし誰もが、その科学では到底、説明できない事象を嘘だと断言した。これ以上は世間に変人と思われる恐れがある…と、二人は思った。真実は、この世では嘘…。
それ以降、二人はその話を人前で話さなくなった。
完