水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

不条理のアクシデント 第二十六話  紙垂[しで]祭り   <再掲>

2014年07月13日 00時00分00秒 | #小説

 春半ば、今年も村の鎮守の笛太鼓が人々の心を和(なご)ましている。紙垂(しで)祭りと呼ばれるこの地で古くから伝わる例大祭で、数多くの細長い白紙が風に棚引き、雪のような美しい情緒を醸(かも)しだしている。この村には伝わる謂(い)われがあった。
 今を遡(さかのぼ)ること数百年前、老宮司の頼定は古式にのっとってご神刀の懐剣を抜くと、俎(まな)板の上で白紙を鮮やかに切り刻み始めた。式部(しきべ)の家に代々伝わる紙垂作りの作法である。数十年に渡って紙垂を作り続けてきた頼定の腕は冴え、小半時ほどの間に白雪の山ほどの紙垂が出来上っていた。頼定の子、頼国は、遠退(とおの)きに父が作る姿を眺(なが)めていた。生憎(あいにく)、頼国は不器用で、父の後を受け継ぐだけの才覚に恵まれていなかった。頼定は終始、そのことを案じていたのである。
「頼国! 何が違うか、分かるかっ?!」
 紙垂作りの神事を終えた頼定が、静かに言葉を発した。
「いえ、いまだ…」
「そなたには、気が入っておらぬ。器用不器用ということではない…」
 頼国には父が言う意味が理解できなかった。
 その夜、頼国は夜半に起き、一人、紙垂づくりの修練を始めた。深々(しんしん)と辺りは冷気を蓄え、頼国の凍える手先は時折り震えた。頼国が自分の懐剣を抜き、俎板の上の白紙を刻みだしたそのときである。冷気が一瞬、フ~ッ! と流れた。
『お前は頼定を越えるであろぉ~~』
 頼国はその小さく響く声にハッ! と手を止め、辺りを見回した。辺りには誰の姿もなく、漆黒の闇が広がるばかりである。頼国は空耳か…と思った。そして、手先に目をやると、不思議なことに、それまでの手先の震えはピタリ! と止まっていた。そればかりではない。頼国の両手は神々しく黄金(こがね)色に輝いているではないか。頼国は唖然(あぜん)とした。しばらくすると、両手の輝きは失せたが、頼国は、どこか今までとは違う手先の感覚を感じた。ふたたび、懐剣を引き抜き、白紙を刻めば、なんと、手先が滑らかに自然と紙垂を刻んでいくではないか! 頼国は信じられなかったが、手先に操(あやつ)られるまま僅(わず)か四半時ばかりですべての紙垂を刻み終えた。そのとき、頼国はハッ! と我に返った。これぞ、神の手よ…と、頼国は自分の両手を押し頂いて頭(こうべ)を垂(た)れた。
 次の朝が巡ったとき、頼定は眠るように事切れていた。これも神のご神託か…と頼国は思った。
 頼定を忌む神葬祭も済み、春半ば、頼国の刻んだ紙垂による紙垂祭りが無事、執り行われた。これが室町末期からこの村に伝わる謂(い)われである。
 今年も村の鎮守の笛太鼓が人々の心を和まし、紙垂祭りが賑やかに繰り広げられている。数多くの細長い白紙が風に棚引き、雪のような美しい情緒を醸しだしている。

                                 完


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