昨日がまた、今日もくり返される。そんな単調な毎日に、境田勇一は、いささか嫌気がさしていた。そうはいっても、日々の生活や将来のことを思えば、やはり、社会の中で歯車の一員として這いつくばって働くしかないのか…と思った。
「あんた! どこ見て歩いてんだっ! 気をつけろ!」
年の頃なら勇一より遥かに年下と思える若者が急ぎ足で対向から勇一に迫り、肩をぶつけた弾みにそう吐き捨てると通り過ぎていった。
「あっ! すいません」
その男の後ろ姿に、勇一はそう返していた。よく考えれば、もの想いに耽(ふけ)っていたとはいえ、ぶつかったのは若者の方なのだから、勇一が謝る必要などなかったのである。20年も前なら、勇一も言い返していたに違いなく、恐らく殴り合いになっていたのかも知れない。それだけ俺は枯れたのか…と勇一は思った。だが、なんか今日は新鮮だな…と、勇一はまた思った。嫌な気分になるはずが、返って気分が晴れるのは合点がいかないのだが、単調でなかったからか…と、勇一は日々の同じくり返しにはない変化があったことに気づいて得心した。
「課長補佐、それコピーしといてもらえると助かるんですが…。ちょっと目が離せないお得意さんが来られるんで…」
「あっ! そう…。いいよ!」
遠慮しがちに一応、部下の中堀がそう言った。課長でもなく、そうかといって平ではない境田が一番、手頃で、使いよい…と見られていなくもない。課長補佐になったとはいえ、勇一の年からすれば、もう副部長くらいになっていてもおかしくはないから、完全に出世遅れといえた。中堀にすれば、そういう勇一が手頃だったのだ。危なそうな新入社員よりは間違いない勇一の方を選んだのだから、むしろ喜ぶべきなのだろうが…。勇一は心善く返事したあとコピーをしながらそう思った。なんか気分もよかった。毎日のくり返しではなかったからだ。単調に一日を終えた日は、なんか気分が晴れないのは俺だけなのか…と、仕事が終わったとき、勇一は辺りを見回した。数人の残業者以外の課員は全員帰り仕度を始めていた。
「どうです! たまには…」
勇一より五つほど年下の課長、牧畑が手でジェスチャーをしながら笑顔で言った。
「ああ、いいですね」
くり返しは嫌だと思っていた矢先の勇一は、牧畑の誘いを即答で了解した。勇一にすれば、なにか変化があれば、それでよかったのである。二人は居酒屋で適当に串カツを摘まみながら生ビールを飲み、小一時間後に別れた。勇一はほろ酔いで、気分よく帰宅した。
次の朝が巡り、また単調な朝が始まった。いつものように送り出され、勇一は駅へと向かった。やはり、社会の中で歯車の一員として這いつくばって働くしかないのか…と、昨日と同じことを思った。
「あんた! どこ見て歩いてんだっ! 気をつけろ!」
昨日、勇一にぶつかった若者が、肩をぶつけた弾みにそう吐き捨てると通り過ぎていった。勇一は次の瞬間、ゾォ~っと寒気を覚えた。まったく昨日と同じ一日をくり返している自分がいた。
完