物言い・・とは大相撲の用語である。『ただ今の協議についてご説明いたします。行事軍配は西方力士に上がりましたが、体が落ちるのが早いのではないかと物言いがつき、協議の結果、東方力士も死に体となっており、両者、同時と見て、取り直しと決定いたしましたっ!』などとマイク音が響く訳である。お客さんとしては、もう一番、見られるな…くらいの気分だ。^^ この物言いは、なにも大相撲に限ったことではなく、私達が暮らす世間でもよく言われ、珍しくない。
とある中堅会社の事務室である。
「君ねっ! それは間違ってるぜっ!」
「どうしてですかっ! 先輩っ!?」
先輩社員にクレームをつけられた後輩社員は逆に物言いで返した。
「どうしてって、どうしてもだよ、君っ!」
先輩社員も負けてはいない。後輩社員の言い返しに、また物言いをした。
「どうしてもって、怪(おか)しかないですかっ!!?」
後輩社員だって負けていない。また先輩社員の物言いに、物言いで返した。
かくして、先輩社員と後輩社員の物言い合戦は午前中、ずぅ~~っと続き、仕事は中断したのである。会社としては大損失である。
「まだやっとるのかっ! いい加減にしたまえっ!!」
腹を据(す)えかねた上司が、お灸(きゅう)に現れたのは昼過ぎだった。
このように、物言いは、ほどほどにしないと、とんでもないことになる訳である。皆さん、くれぐれも、ご注意をっ!!^^
完
私達の生きる現代の社会では、少なからず隠しごとが生まれる。好む好まざるに関わらず生まれるのである。上手(うま)く隠し通せたならそれはそれでいいが、考えが足らないと露見してしまうから、そこは腕の見せどころとなる。隠しごとをするのがいいと言うつもりはないが、いい隠しごとならバレずにいて欲しいものだ。クリスマスまでサンタクロースがどこに隠れているのか? という秘密は、隠しごとのままにしておいた方がいいでしょう。結構、忙(いそが)しいようですよ。^^
とある夫婦の会話である。
「あなた、昨日(きのう)の帰り…遅かったわねぇ~」
「んっ!? ああ、まあな…」
旦那さんは会社の若い女性社員と食事していたなどとはとても言えず、隠しごととして暈(ぼか)した。奥さんは奥さんで、毎月、五千円づつ貯めているヘソクリの場所を旦那さんに隠しごとにしていた。どちらもどちらである。^^
「会社の平田さん、奇麗な方ねぇ~」
奥さんは平田さんから電話で旦那さんとお食事しますからお借り致します・・という情報を得ていたのである。
「んっ!? ああ、まあな…。そろそろこの絵は変えた方がいいな…」
「えっ!? ええ…」
旦那さんは額の絵にヘソクリが隠されている・・という情報を知っていたのである。どちらも、どちらである。
隠しごとは、緻密(ちみつ)さが足らないと、まあ、こういった結果となる。^^
完
買い物をすれば、当然、お金を支払う。クレジットカードやキッチリと支払えるお金があればいいが、そうでなければ、多めのお金を渡してお釣りをもらうことになる。問題は、そのお釣りが足らない場合だ。気にしない人はそれでいいのだろうが、気にする人は悩むことになる。今日は、そんな馬鹿馬鹿しいお話である。^^
雑賀(さいが)はその日も、とあるスーパーで買物をしていた。買い物を済ませ、持ち合わせた袋に買った品を入れ、手にしたお釣りを財布に入れようとした。もらったレシートのお釣りは¥148と印字されていたが、どういう訳か、手には¥143しかない。¥5足りないのである。記憶ではレジのあと、確かに¥143を手にした記憶があった。大勢の人がいる店の中で、おいっ! ¥5、どこへいった! と怒る訳にもいかない。雑賀は、まあ仕方がないか…と諦(あきら)めて店を出ることにした。かくして織田軍による雑賀攻めの攻略戦は成功したのである・・ということではなく、単に雑賀の早とちりだったのである。¥5がポケットの片隅(かたすみ)で、『私は、ここですよっ!』と、不満を漏(も)らした。
まっ! そんな馬鹿な話はない訳ですが、得てして、お釣りが足らない場合、落としたのでなければ、どこかに入って眠っているケースが多いようです。^^
完
力士の前まわしは前褌(まえみつ)と呼ばれるそうだ。地力(ぢりき)がある力士は前褌を取られようと取られまいと相手力士をものともしないが、フツゥ~は不利になるケースが多いという。立ち合いの踏み込みが足らないと前褌を取られやすくなるそうだ。これは何もお相撲に限ったことではなく、私達が暮らす社会でも見られる。
とある会社である。とある課では課長の出力(でぢから)と係員の弱気(よわき)が話をしている。
「君はねっ! 踏み込みが足らないんだよっ! 踏み込みがっ!!」
窘(たしな)められた弱気は、そんなに言わなくても…とは思ったが、そうとも言えず、軽く頭を下げた。課長の出力が声を大きくするのも当然で、弱気は、今一歩の踏み込みが足らず、他社に契約を攫(さら)われるケースが多かった。
「すみません…」
「踏み込み、踏み込みっ! 踏み込んで、そのまま押し出すんだっ!」
「えっ!? …押し出す!?」
相撲好きの出力の言う意味が分からず、弱気は訝(いぶか)しげに出力を見つめた。
「そう! 押し出す…いや、契約を取るんだっ!」
「はいっ!!」
意味が分かった弱気は、踏み込みよく返事をした。
踏み込みは、理解できるとよくなるようだ。^^
完
ケアが足らないと、物の寿命は縮まる。人も生きた物だから、当然、使っているうちにケアが必要になる。通院など自分でケアできるうちはいいが、自分でケア出来なくなれば困ることになる。最近では、ケアのシステムも進んでいて、至れり尽くせり、とまではいかないものの、それ相応のケアを受けることが出来るようだ。
とある公園のベンチで話す二人の老人…この老人達は、この短編集を含め、他の短編集にも登場した顔馴染みの二人である。^^
「65からでしょ! アレにはあんたっ! 腹が立ちましたよっ!!」
「そうそうっ!! 年金を満額もらえるから増えると楽しみにしとりましたら、介護保険料ですっ!」
「65までと比べれば、あんたっ! ほとんど増えとりませんでしたっ!」
「私なんか、逆に手取り[可処分所得]が減りましたよっ!」
「65以上の介護保険料は累進課税[段階的{一年ごと}に税金が高くなる]にしてもらうと助かるんですがな…」
「国のケアは何かが足らない…」
「足らないといえば昨日のラーメン、味が今一でしたなっ!」
「そうそうっ! 昔風のラーメンは具は少なかったですが味が濃かった!」
「濃いのに諄(くど)くなく美味(うま)かった!」
「ケアも、そうあって欲しいものですなっ!」
「さようで…」
ケアは具が少なくても味が濃くありたいものだ。^^
完
身をもって失敗をすることで、何が自分に足らなかったのか? という足らない要素を知ることになる。身体で覚(おぼ)える・・という性質のものだ。言われたり、単に頭で考えた場合の失敗は、残念ながら身体で体感していないから、また同じ失敗を繰り返すことになる。そういう方は、知識馬鹿と呼ばれる。頭デッカチと言う地方もある。^^
とある碁会所である。レギュラー客の二人の老人がヘボ碁を打っている。ヘボ碁ならヘボ碁らしく、少しは言いようもあろうというものだが、言い合う内容はプロ棋士顔負けのプロの言葉だらけだった。勝敗が決したあとの感想戦である。^^
「いやいやいや…それではシチョウでダメでしょ!」
「いや、シチョウはカタツキのこの石が…」
「…なるほどっ! となれば、この大石はセキか…。そうなると、私が打ったこの手が失敗の悪手で、敗着ですか…」
「まあ、そうなりますか、ははは…」
「いや、そうとも限りませんよ。あなたのこの大石も、もう一眼が後手一眼で危ういっ!」
「おっ! 危うかったんですなあ~、ははは…」
二人の碁を遠目で眺(なが)めていた碁会所の係員は、『二人とも失敗だらけで、死に石です…』とは思ったが、レギュラー客だけに冷(さ)めた目でチラ見しただけで目を伏せた。^^
完
落ちつきが足らないと何事によらず不首尾(ふしゅび)となる。
治療法の確立やウイルス治療薬が開発されたことで、久しぶりに満員御礼の垂れ幕が国技館に掛けられている。土俵上は小結、表彰龍と関脇、海老錦の取り組みの真っただ中である。時計係が制限時間一杯を行事に告げる。
「待ったなしっ! 手をついてっ!」
行事が偉(えら)そうに両力士に告げる。
「手をついてっ!!」
そこまで言わなくても…と、両力士は思う。表彰龍はさほどは思わなかったが、海老錦は思い過ぎて落ちつきをなくす。そして、立ち合いとともに軽く表彰龍にいなされ、網打ちで表彰龍に敗れ去った。
風呂場前でのアナウンサーの問いかけに答える海老錦のコメントである。
「落ちつきが足らないとダメっすねぇ~! 網にかかりました…」
海老だけに・・という意味が込められたダジャレだ。^^
落ちつきが足らないと失敗する一例である。^^
完
(23)でも書いたが、頭(あたま)は足らないより足りた方がいい。^^ お馬鹿よりも賢(かしこ)い方が、いいということだ。むろん、頭がいいT大出身でも落ち零(こぼ)れる方もいるから、全(すべ)てが全てということではない。一般的に誰が決めた訳でもなく、そうなっているというだけの話だ。ただ、頭が足らないからといって世渡りがダメということでは決してない。むしろその逆も相当数いるのが現実だ。
どこにでもいるような二人の中年男が語り合っている。話し合っているのではなく、持論を展開して語り合っているのである。ただ二人とも、持論を展開するほどの男ではない。^^
「俺は頭が足らんからよく分からんが、いい方向に行っているようには思えん」
「お前の頭は十分、足りているさ。そう思うのが順当だ。俺もそう思っている」
「どうも先行きはジリ貧だな、この国…」
「そうそう! お上のなさることは、すべてが裏目っ! 元号はこの国だけの話だからともかくとして、オリパラは舞台が世界だしな。無事に終わって元々、失敗したら未来永劫、歴史に汚点を残すぜっ!」
「開催を新型コロナが終息するまで凍結するよう、IOCに提言は出来んのかっ!?」
「俺に言われても…。それよか、新型コロナは終息できんのかっ!?」
「俺に言われても…」
二人はお通夜になって黙り込んだ。
頭が足りる人は究極の終結点を考える人である。ということは、私達は頭が足らない・・ということになる。^^
完
どうも朝からパソコンの調子が悪い…と思っていたら、その原因はマウスの不調だった。物は長年使用していると、どこかに狂いが生じたり、摩耗、故障といった症状が出る。劣化である。人も同じで劣化して病院通いとなる。まあ、薬もらい程度ならいいが、身体のケアが足らないで寝込みでもすりゃ、これはもうどうしようもない。そこはそれ、原因を突き止め、足るようにしたいものだ。^^
蚊取は朝からボリボリと手や足を掻いていた。なぜだろう…とは思うのだが、今一つ、その原因が分からない。まあ、いいか…と放っておいたのが悪く、夕方からはボリボリボリボリになっていた。蚊取は線香を燻(くすぶ)らせたが、まったく要領を得ず、ますますアチラコチラと痒(かゆ)くなる。することは他に幾つかあったが、夜にやることもないか…と、Go back![撤退!]を決め込んだ。^^
翌朝、このままでは…とボリボリやりながら、蚊取は原因を探った。すると、昼過ぎになり、原因は割合単純だと分かったのである。蚊取は睡蓮(スイレン)を毎年、睡蓮桶で育てていたが、その睡蓮桶の水に蚊のボウフラが湧いていたのだった。『なんだっ! ここかっ!』と、蚊取は留飲を下げた。蚊取は香取の神さまではなく、やはり思慮の足らないただの人だったのである。^^
完
下調べが足らないと、大変な事態に直面する。刈り込みはいいが、軽く伸びているところだけ…と、鋏(はさみ)を手に枝先を剪定し始めたのはいいが、下調べが足らなかったばかりに、葉の下に隠れていた足長バチに手の甲をチクリッ! と刺されてしまった今日の私のようなことになる訳だ。^^ 何度も刺されているから注意すればいいようなものだが、期間が長く過ぎると、どういう訳か人の記憶は薄れるようで始末が悪い。^^
とある観光地を目指し車を走らせたのはいいが、ルートの下調べが足らないばかりに観光どころか這(ほ)う這うの体(てい)で自分たちの町へ辿り着いた二人の男のお話である。
その日は天気もよく、上々の旅行日和だった。最初の内は順調な滑り出しで車は走った。問題が起きたのは、走り出して数時間が経過した、目的地まで半分くらいの地点だった。
「おいっ! どうなってんだよっ! 道が左右に分かれてるぜっ!」
「妙だなぁ~…カーナビは一本道なんだが…」
運転する男が言うように、カーナビは一本道の図を示していた。さらに、『そのまま直進してくださいっ! そのまま直進してくださいっ!』という音声を繰り返し発していた。
「ははは…直進すりゃ、田畑に落ちてしまうじゃないかっ!!」
運転する男は嗤(わら)いながら、車をゆっくりと車道の側へ止めた。幸い、田舎道で、車の数もほとんどなかったが、不幸なことに人家や人の姿もなかった。
「仕方がないっ! コインで…」
助手席の男は、硬貨を軽く放り投げ<手で受けた。
「表か…。右へ行こう!」
「あいよっ!!」
これが二人の運の尽きだった。目的の観光地は左の道だったのである。
それから数時間、二人は全く関係ない街へ来ていた。しかも、そこからのルートが皆目、分からず、街の商店で訊(たず)ねているうちに夕方近くになり、深夜、這う這うの体(てい)で二人は自分たちの町へ辿り着いたのだった。
下調べが足らないと、とんだ憂き目にあう・・というお話である。^^
完