狐の日記帳

倉敷美観地区内の陶芸店の店員が店内の生け花の写真をUpしたりしなかったりするブログ

万両(マンリョウ)の実その5。

2016年12月29日 22時44分09秒 | お花に関する日記




 本日12月29日は、ウンデット・ニーの虐殺があった日で、トーマス・エジソンがラジオの特許を取得した日で、モンゴル・ボグド ハーン政権が清からの独立を宣言した日で、奉天派を率いていた張学良が蒋介石率いる国民政府に降伏の意を示した日で、日本がワシントン海軍軍縮条約の破棄を通告した日で、学生紛争により東京大学と東京教育大学が翌年の入試中止を決定した日で、バブル経済で日経平均株価が算出開始以来の最高値を記録した日で、生物の多様性に関する条約が発効された日で、グアテマラ内戦が終結した日で、カンボジアのクメール・ルージュ カンボジア共産党が1970年代の大量殺戮について謝罪した日です。

 本日の倉敷は晴れていましたよ。
 最高気温は八度。最低気温はマイナス二度でありました。
 明日も予報では晴れとなっております。



 上の写真に写っている実は、「万両」の実です。

 万両については、2014年12月28日の記事2010年12月21日の記事2010年2月18日の記事2008年12月20日の記事も宜しかったら御覧下さいませ。
 2014年と2010年と2008年の万両の実の記事です。

 万両の花言葉は、「お金持ち」です。

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『秋の牢獄』/恒川光太郎

2016年12月29日 20時50分24秒 | 小説・本に関する日記





 昨日の夜は、恒川光太郎の小説『秋の牢獄』を読んでいました。
 幻想的で恐ろしい中編3編を収録した中編集です。

 「秋の牢獄」
 主人公の藍は11月7日を何度も繰り返している。
 何をしても朝になれば11月7日がはじまる。
 11月7日から抜け出ることができない。
 何度も11月7日を繰り返しているうちに自分と同じく11月7日を繰り返している人がいることに気が付いて……。

 「神家没落」
 主人公のサラリーマンはある春の夜の帰宅途中で遠回りして公園へ向かった。
 しかし公園があるはずの場所には不思議な見知らぬ民家がある。
 民家の中から奇怪な男が現れ、サラリーマンの男を民家に招待する。
 その家は……。

 「幻は夜に成長する」
 リオは幼い頃、祖母と暮らしていた。
 祖母はリオを連れて人を避けるように旅をしながら旅をする。
 祖母には不思議な力があって……。


 3編とも監禁された人が解放されるまでを描いた作品でありますね。
 じわじわと怖くて幻惑的で寒々と寂しいお話であります。

 面白かったですよ。
 楽しめました。

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全ての権利は責任を全ての機会は拘束を全ての所有は義務を暗示する。

2016年12月29日 12時46分42秒 | その他の日記


 科学では分からないことがあるのは確かですが、科学で分かっていることは多いのです。
 そして科学で分からないことがあるからといって何を言ってもよいというわけではないのです。
 事実でない事柄から出発した論で正確で的確な対策を練り上げることは出来ないと私は思っているのです。

 チェルノブイリの教訓に、膨大な除染の負担や恐怖感による社会混乱やデマによる風評被害や避難者のストレスなどがあるのだけれども、私達はそれらの教訓を活かすことは出来ませんでした。
 恐怖感を撒き散らし風評被害を拡大させてしまいました。
 多くの人は善意からの行動であったのでしょう。しかし中心部にはお金儲け目当ての連中がいました。
 その人達は世界中に恐怖心を撒き散らし人々を煽って風評被害を拡大させることで耳目を集め、お金や社会的地位や名誉を手に入れました。
 反論されると「科学では分からないことがある」という文言で反論を封じ込めようとしました。そして風評被害に知らん顔をしました。
 弱者の味方のフリをして弱者を食い物にして被害を拡大させてお金を儲け社会的地位や名誉を手に入れた人達の言葉など私は信用しません。
 そして風評被害は風評被害を起こした人が責任を取るべきです。
 しかし彼ら彼女らは知らん顔をしています。

 マスメディアは膨大なマンパワーを使えるので最新のデータを常に入手できるはずです。
 しかし、恐怖を撒き散らすことでお金を儲けている某新聞社はその最新の科学データを分かりやすく読者に伝える気はありません。
 何だか分からない状態こそ新聞は大儲けができます。混沌とした状態こそ人々は情報を求めるからです。
 だからはっきりと分かっていることを述べて人々を安心させるようなことをすれば新聞社は儲けを失います。新聞社は混乱を常に求めています。
 某新聞社は、「科学では分からないことがある」と述べて科学では否定されている事実無根のことを事実であるかのように仄めかして読んでいる人達を混乱に陥れて風評被害を広げました。
 被害は莫大ですが某新聞社は知らん顔をしています。

 勿論、全ての新聞社がそのような新聞社ではありません。
 そんな新聞社も存在するってこと。

 どのような論を張ろうとそれは構いません。
 本邦は共産主義国ではないのですからどのような論を張ろうと自由です。
 しかし事実ではない事柄から出発した論では正確で的確な対策は取れない。と私は思っています。

 真面目に原発を無くしたいと考えている人は、今の反原発の主流派との縁を切るべきです。
 暴言や虚言を吐く人達から離れるべきです。
 原発を止めさえすれば後は野となれ山となれとしている人達から一線を画すべきです。
 煽るだけで責任を取らないような人達は無視すべきです。
 原発を止めても危険性は変わりません。その後の処理を誰がどのように行うのか。その費用は誰が負担するのか。その技術をどのように維持し発揮していくのか。どの方法が最も効率が良く最もマイナスが少ないのか。原発が止まった場合の莫大な損失は誰がどのように負担するのか。そこまで考えるべきです。

 もはや本邦では新規の原発製造は不可能に近いです。
 なので業界は存在している原発の耐用年数が過ぎた後は原発が無い世界となると考えて動き出しています。
 政治の主流派も同じ動きです。
 反原発の主流派がその動きを妨害しているという奇妙な状況が発生しています。
 原発を止めるだけ。後は野となれ山となれ。という活動は原発が無い世界の実現を妨害していると言えます。

 真面目に原発を無くしたいと考えているお方は、今の主流派の活動が本当に正しいのか? と考え直してみては如何か? と思っているのでございます。


コメント (2)
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