本日3月22日は、屋島の戦いがおこなわれた日で、南アフリカのインド移民を制限する法律に反対して弁護士ガンジーが不服従運動を開始した日で、袁世凱が中華帝国皇帝を退位した日で、イワノフカ事件がおこった日で、ニコラエ・チャウシェスクがルーマニア共産党総書記に就任した日で、三月学運で李登輝政権が学生の要求受け入れを表明した日で、公証人役場事務長逮捕監禁致死事件および地下鉄サリン事件で警視庁がオウム真理教に対する強制捜査を行った日です。
本日の倉敷は晴れたり曇ったりしていましたよ。
最高気温は十三度。最低気温は八度でありました。
明日も予報では倉敷は晴れたり曇ったりするとなっております。
靜な晩である。
空気は柔かく湿つて、木々からは甘酸い酸性の馨りが快く重く眠たい夜気の中に放散し、新芽が澄みわたった宙にひつそりと影を泛べている。
到るところに陰翳の錯綜があつた。
冬と春の混り合つた穏やかな何処となく淋しい景物が、今ぱつと咲いた銀色の大花輪のやうな月光の下で微かに震えながら擁き合つている。
何処にも動くものがなかつた。
何処にもものを云う声が聴えなかつた。
其の沈黙が一層聞えない囁きの優しさと見えない魂の団欒を想わせるような夜の内を二人はパブリツク・ハウスに向つていた。
二人はいつかあらゆる日常生活の煩しさから開放されていた。
単調になりがちな愛の経過にさつと差した輝きのやうな新鮮さが二人のうちに夢をかきたてた。
忘我と魂の鼓動がまるで月光のやうに二つの心を耀かせているのである。
長い林を抜けると道は急に開いて、二人の前には寝靜まつて森閑とした大通りが黒く現われた。
其処を横切る踏切りを抜けて一二丁行つた処に二人が向かうパブリツク・ハウスが大きな樺の樹に覆われて建つているのである。
過去幾年か通り過ぎ踏み馴れた其の道を今二人は輝きに騎るやうな心持で履み越えやうとしているのである。
眠つた家々の屋根や動かない樹々の重い梢々が高い透明な大空の穹窿の下に見えない刻々を彫みながら少しばかりずつ地殻の彼方へずり落ちて行くような感じを与えた。
樹蔭の闇から月光を反射する窓硝子や扁平な亜鉛屋根の斜面が不思議に悒鬱な銀色で周囲の闇を一層際立たせ、同じやうな薄ら寒い脊骨を刺すやうな光線は土に四本並んで這う鋼鉄の線路からも反射しているのである。
線路の傍に小さく建つた番小屋の傍まで来ると、今まで先輩に体を持せかけるようにしていた狐は、急にぱつちりと眼を見開きながら身を起して、「好い月ですね」と云つた。
先輩は「ん? 其の台詞は『我愛你』と捉えてよいのかな? ん?」と云つて澄ました顔をしている。
狐は頭を傾けて彼方に流眄を与えると其の儘先輩の自信を無視して歩調を速めた。
月が照つている。
窓々の硝子は光り、樹々が眠つている。
深閑とした夜の空気……。
其のパブリツク・ハウスは極小さかつた。
然しパンの神の額の下には赫い鉢に植ゑたゴムの樹が一本、肉の厚い葉をだらりと垂らしてゐた。