本日6月11日は、京都・神護寺の再興を後白河法皇に強訴した僧・文覚が捕縛された日で、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家が羽柴秀吉に敗北し越前北ノ庄城に敗走した日で、伊能忠敬が日本地図作成に備えた第一次測量のため蝦夷地に向けて出発した日で、明治新政府が政体書を発布した日で、徳島本藩からの分離を求めていた淡路洲本城代の稲田家を本藩側の過激派藩士が襲撃した日で、中国清朝で政治改革運動「戊戌の変法」が始まった日で、義和団に呼応した清国軍の董福祥配下の兵士が北京の日本大使館員・杉山彬を殺害した日で、セルビアでクーデターが起こり国王アレクサンダル1世と王妃ドラガが暗殺された日で、日本海軍の駆逐艦「榊」が地中海でオーストリア潜水艦に雷撃されて艦長以下59人が戦死した日で、ヨシフ・スターリンが軍参謀部長ミハイル・トゥハチェフスキーら赤軍首脳8人を粛清した日で、シカゴ大学の科学者が原子力の社会的政治的影響を検討して「政治ならびに社会問題に関する委員会報告・フランクレポート」を大統領の諮問委員会に提出した日で、アメリカ上院が共和党のヴァンデンバーグ上院議員の提案による地域的・集団的防衛協定の推進などをトルーマン大統領に勧告した日で、東京都が失業対策事業の日当を245円に決定した日で、ベトナムの僧ティック・クアン・ドックが当局の仏教弾圧に抗議して焼身自殺した日で、アメリカ合衆国議会が決議案269によってアントニオ・メウッチを電話の発明者と認めた日で、日本の月周回衛星「かぐや」がその使命を終えて月面へ落下した日です。
本日の倉敷は晴れでありましたよ。
最高気温は二十六度。最低気温は十九度でありました。
明日も予報では倉敷は晴れとなっております。
靜な晩である。
空気は柔かく湿つて、木々からは甘酸い酸性の馨りが快く重く眠たい夜気の中に放散している。
到るところに陰翳の錯綜があつた。
春と夏の混り合つた穏やかな何処となく淋しい景物が、今ぱつと咲いた銀色の大花輪のやうな月光の下で微かに震えながら擁き合つている。
何処にも動くものがなかつた。
何処にもものを云う声が聴えなかつた。
其の沈黙が一層聞えない囁きの優しさと見えない魂の団欒を想わせるような夜の内を二人はパブリツク・ハウスに向つていた。
二人はいつかあらゆる日常生活の煩しさから開放されていた。
単調になりがちな関係にさつと差した輝きのやうな新鮮さが二人の内に夢をかきたてた。
忘我と魂の鼓動がまるで月光のやうに二つの心を耀かせているのである。
長い林を抜けると道は急に開いて、二人の前には寝靜まつて森閑とした大通りが黒く現われた。
其処を横切る踏切りを抜けて一二丁行つた処に二人が向かうパブリツク・ハウスが大きな樺の樹に覆われて建つているのである。
過去幾年か通り過ぎ踏み馴れた其の道を今二人は輝きに騎るやうな心持で履み越えやうとしているのである。
眠つた家々の屋根や動かない樹々の重い梢々が高い透明な大空の穹窿の下に見えない刻々を彫みながら少しばかりずつ地殻の彼方へずり落ちて行くような感じを与えた。
樹蔭の闇から月光を反射する窓硝子や扁平な亜鉛屋根の斜面が不思議に悒鬱な銀色で周囲の闇を一層際立たせ、同じやうな薄ら寒い脊骨を刺すやうな光線は土に四本並んで這う鋼鉄の線路からも反射しているのである。
線路の傍に小さく建った番小屋の傍まで来ると、今まで先輩に体を持せかけるようにしていた狐は、急にぱつちりと眼を見開きながら身を起して空を見詰め、「好い月ですね」とぽつりと云つた。
先輩は、顔を上げて天空で輝く蒼白い月を澄ました顔で観ている。
狐は頭を傾けて彼方に流眄を与えると其の儘歩調を速めた。
月が照つている。
窓々の硝子は光り、樹々が眠つている。
深閑とした夜の空気……。
其のパブリツク・ハウスは極小さかつた。
然しパンの神の額の下には赫い鉢に植ゑたゴムの樹が一本、肉の厚い葉をだらりと垂らしてゐた。