思考実験をしてみましょう。
同程度の経済力をもった2ヶ国があったとします。
A国は貧富の差がほとんどない社会を目指します。その代わり経済成長は0。
B国は経済成長5%を目指します。その代わり貧富の格差は激しい。
この条件下では初年度はA国とB国の福祉や医療や教育に回されるお金の量はおそらく同程度。
そしてA国の平均的な国民の所得はB国の富裕層には及ばないけれども貧困層の所得と比べるとはるかに上となります。
しかし10年後にはどうなっているでしょう? 20年後は?
仮に初年度のA国とB国の経済力を100としたならば、
2年目のA国の経済力は100のまま。B国の経済力は105となります。
5年後のA国の経済力は100のまま。B国の経済力は約121となります。
10年後のA国の経済力は100のまま。B国の経済力は約155となります。
20年後のA国の経済力は100のまま。B国の経済力は約253となります。
B国は20年後にはA国の約2.5倍の経済力を持つことになります。
この状態だとB国の貧困層の所得はA国の平均的な国民の所得を上回っているはずです。
そしてB国の福祉や医療や教育の分野に回せるお金は、A国の約2.5倍となるはずです。
そしてB国の災害時や緊急時にまわせるお金の桁が違ってくるはずです。
災害時や緊急時に投入するお金の額が違えば救える可能性のある人の数が変わってきます。
さらに余力ができたならば文化にまわせるお金の額も大幅に増えるはずです。
もしA国の周辺国がそれぞれ経済成長5%を達成しA国が経済成長が0だったなら、A国は周辺諸国の中で最貧国となります。
A国と周辺国との間に経済格差が生まれることになります。A国の国際的な影響力は一気に下がることになります。
さらに、何処かの国を助けたいと思っても余力が無い状態なら助けることもできません。
ギリギリの状態であったなら非常時において脆い体制となります。
勿論、上記の論は机上の空論でしかありません。
現実は様々なパラメーターが存在します。
しかしレーニン・スターリン型の共産主義や毛沢東型の共産主義は構造上に欠陥があることが判明しています。
レーニン・スターリン型の共産主義や毛沢東型の共産主義はある段階から必ず経済成長がストップしてしまいます。この欠陥を取り除くプランはまだ出てきていません。
原始共産主義も小規模で構成員の価値観がほぼ一致している状態ならば可能かもしれませんが、国家単位では無理なことは判明しています。
そしてレーニン・スターリン型の共産主義の社会や毛沢東型の共産主義の社会は平等な社会を作り出すシステムではなく究極の格差社会を作り出すシステムであることも判明しています。
レーニン・スターリン型の共産主義の社会や毛沢東型の共産主義の社会は貧困者を救うシステムではありません。
共産主義を奉じるお方は理論の再構築をすべきです。共産主義で経済成長ができるプランを構築すべきです。
社会主義を奉じるお方も理論の再構築をすべきです。社会主義で経済成長ができるプランを構築すべきです。
もし出来ないのならば共産主義や社会主義を捨て去ることも視野に入れるべきです。
福祉や医療や教育を重要視し格差を是正したい。と考えるならば、その為に経済を発展させて福祉や医療や教育に投入できるお金を増やそうと考えてもよいと思うのです。
お金は大事だ。と私は思うのです。
そして人の欲望を軽視してはいけない。と私は思うのであります。