BLUESの話。
写真は、僕が2010年12月に出演した、BLUES第二回公演「ピコピコ電脳家族」の台本です。
みっくすじゅ~す倶楽部『Crimers Hi↑』が終わってから数日間は、達成感と喪失感みが混ざった公演後のあの独特のやつに襲われてました。
因みにこれを、劇団@nDANTEのイシケンは「大型タイフーン・サビシイノ」と命名しました。
今回はそれに加えて、自分なりに演劇について考え直す時間でもあったわけで、それで二日間くらいはぼーっとしていました。
で、その時間に何気なく手に取ったのが、BLUESの昔の台本でした。
僕は、自分が出演した演劇の台本は全てファイルして年代順に保存してあります。
まあ、保存してあるだけで大抵は読み返したりしないんですが、BLUESの台本だけは未だに時々読み返します。
多分、自分にとってBLUESは、演劇団体とかそういうものを超えた、今の自分を形成するとても大きな存在なんだと思います。
松本でBLUESとして活動した時間は2年くらいだし、一人BLUESとしての活動を休止して(脱退ではない!)松本を離れ、新潟に帰ってきてから1年9か月が経過した今も、強くそう思います。
まあ実際、BLUESを脱退した訳ではないし、活動休止にしてはBLUESを名乗って新潟でガンガン演劇活動してますからねえ。
BLUESのメンバーとは未だにたまにメールとかTwitter上とかで連絡を取り合いますから、あんまり離れた感じがしないってのはあります。
ただ自分の中でBLUESが未だに大きな存在である理由は多分そういうことだけではなくて、それは多分、BLUESと出会ったことで得たものがとても大きいからだと思います。
それは例えば、「夢を見ること」とか「楽しむこと」とか、そんな単純なことだったりします。
例えばBLUESは、公演のたびに、舞台の面白さであったり、集客であったり、人気であったり、当たり前のように夢や目標を持っていました。
僕は小さい頃から夢が無かったので、そういう経験は初めてで、それは演劇をやるまで本当にやりたいことに出会ってなかったんだと思います。
ただ、あんなに稽古中に衝突ばっかしてた演劇ユニットって他にないんじゃないかってくらい、BLUESは衝突してました。
時には本番の直前まで意見がまとまらないことなんかもありました。
でも、本番は本当に楽しかったなあという記憶ばかりです。
そりゃあ、完成度がそこまで高い舞台だったかって言われればそうとは言えないと思いますが…
ですが、そんなBLUESを好きだと言ってもらえる人にも出会えたのは本当に幸せなことです。
全てBLUESがなければ出会えなかったことで、色んな意味でBLUESは、今の自分を形成する非常に重要な存在なんだと思います。
で、これは要するに何なのかって言えば、「青春」ということなんだと思いますよ俺は!
青春!演劇を作るために意見を出し合い、話し合い、衝突していたが、最終的には楽しかった日々を、俺は青春と呼びたい!
それで、今回出演したみっくすじゅ~す倶楽部の本間さん、花野さん、藤井さんにとっても、多分みっくすじゅ~す倶楽部はそういう存在なんじゃないかなと、勝手に想像してます。
今回舞台に出させていただいて色々お話ししたんですけど、本間さんと花野さんと藤井さんは高校くらいから十年来の仲らしいんですね。
その三人がこうして劇団を作って未だに演劇をやってるってのは、すごい素敵じゃないか!
って俺は思うわけです。これぞ青春だ!と。
思えば今回出演させていただいたこと、みっくすじゅ~す倶楽部と出会えたことは、その青春に触れる日々だったのかもしれないですね。
ただ、青春は他人が見てもすぐには理解できない、閉鎖的な世界だったりします。
だから俺はもっとその三人の青春にガンガン介入していければ良かったかもしれないなと、そんなことを少しだけ思います。
最初は戸惑いもあったんですけど、もっと深いところまで話し合える仲になれたら良かったと思います。
この青春というのが、今の自分にとって重要なキーワードのように思います。
思えば新潟に来てからの演劇活動も、すごく青春っぽかった気がします。
やすらぎ堤で稽古して警察に注意されたちず屋の2階、炊飯器を持ち込んで稽古中に同じ釜の飯を食っていた劇団@nDANTE。
あれを青春と呼ばずして何と呼ぶ!
という訳で、これからの自分に、BLUESに、そしてみっくすじゅ~す倶楽部にも、俺は青春を求める!
青春アミーゴ!