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全国一般東京東部労働組合の記録

コナカ「名ばかり店長」高橋さんの講演(上)

2009年01月15日 08時50分58秒 | 紳士服のコナカ

写真=120人の参加者を前に講演するコナカ支部の高橋書記長

私たち全国一般東京東部労組コナカ支部の書記長でコナカ店長の高橋勇さんと本部スタッフの須田光照さんが1月10日、東京・自治労会館で「紳士服のコナカで組合結成-『名ばかり店長』の闘い」と題して講演しました。

主催は『月刊労働組合』という労働運動の専門誌です。「2009年春闘講座」の1つとして開かれました。地方自治体の公務員らでつくる自治労やJRをのぞく鉄道会社の社員らでつくる私鉄総連などの組合員120人が参加しました。

高橋さんが講演した主な内容をブログで上下に分けて連載します。

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なぜ私は「名ばかり店長」裁判に立ち上がったのか

 コナカ仙台泉中央店で店長をやっております高橋と申します。入社して今年で21年になります。現在、私は過去の未払い時間外賃金の件で会社と係争中です。なぜそのような経緯になったのかをお話したいと思います。

店長は「打ち出の小槌」!?

 コナカでは社員の4割近くが店長です。以前は「管理監督者」扱いされておりましたが、労働基準監督署から「社員の4割が管理監督者なのは異常」という指摘を受け、店長の8割が管理監督者からはずれました。これは東部労組コナカ支部ができたからだと思っています。もし組合がなかったら今でも私たち店長は朝早くから夜遅くまで会社に拘束されていたと思います。
 そもそも都市部を除けば店長1名、社員1名、パート社員数名という人員構成の店舗が全体の半分以上です。私も岩手、宮城の店舗の店長をやっておりましたが、社員は私と主任だけでした。
 店長が管理監督者だった時代、会社にとっては店長はいくら働かせても残業代がつかない「打ち出の小槌」だったのです。もっとも社員にも月間の残業の上限は決められていましたが、残業の枠内に収まるわけもなく、サービス残業をさせていました。このことからもわかるようにコナカは利益第一主義で、労務管理がまったく行われていなかった会社です。
 この問題の背景には私たちの業界が閉鎖的で、すべての企業が同族会社のため、一般常識からかけ離れた独自のルールが長年にわたり社員を支配していたからだと思います。しかし、時代は変わり、バブル時代に受けていた恩恵は不況とともになくなり、年功序列や終身雇用といった安定も成果主義という社員間の格差に変わり、今まで押さえていた社員の不満が一気に爆発したのです。
 その顕著な例が私たちが今争っている「名ばかり管理職」の件です。
 私は昭和63年に入社し、1年半で主任になり、3年目には店長になれと言われました。でも私は店長になるための研修があまりにも過酷で非人間的なシステムと聞いていたので拒んでいました。しかし、それから7年が過ぎ転職するか店長になるかの選択を迫られました。悩んだ末に店長研修を選びました。

「ダメ出し」して社員を洗脳

 やはり噂は本当でした。仕事は朝7時30分から夜は12時を回り、帰りは1時~2時まででした。部屋は一部屋に3人、足の踏み場もありません。入校時、私は34歳でまわりの中で最年長でした。でも1日でも早く入った者が先輩です。いくら人生の先輩でも「お前」扱いでした。
 研修は通常の店舗業務の中で行います。ここで教わるのは、どんなことをしてでも売上をつくることです。朝早くから手配りティッシュ、夕方はサンドイッチマン、あげくの果ては自分たちでスーツを買う「社販」です。店舗は本社の1~2階のため常に上層部から監視されています。檻(おり)の中で生活しているようなものです。
 入校してきたばかりの研修生に最初に行うのが、相手の自信をなくさせることです。当時は「詰める」と言われていました。反省会で上司から「あいつを詰めろ」と言われます。全員で相手の欠点を指摘し「ダメ出し」をします。それは精神力を鍛えるためではなく、一度自我を崩し、洗脳するためです。「空っぽ」にした方が染めやすいんだそうです。
 休みの日も朝の勉強会に出て、自分の仕事を終わらせてから休み、夕方研修のために会社に戻ります。10日に一度6時間程度が休みがありますが休憩のようなものです。
 それでも研修生は必死に頑張ります。なぜなら早くこの世界を抜け出して人間らしい生活がしたいから、どんなことをしても売上を作ります。ライバルを蹴落としてでも。
 それほど辛く厳しい研修がいつ終わるかわからないまま続くのです。そう、この研修には終わりがないのです。上司がOKするまで早い人は2ヶ月、長い人は1年です。
 この教育システムを作ったのは前社長です。初代の教官が前の副社長(営業本部長)です。この2人によってコナカは13年にわたり絶対服従の人事システムを確立します。人間は一度恐怖を知るとトラウマになるというのは本当です。また、そこから救ってくれた人に恩義を感じてしまうものなのです。研修からの卒業が決まると本部長に呼ばれ、社長に呼ばれ、仁義を誓うのです。まるでカラカラの砂漠を歩いた後で水を一杯与えるかのようです。
 労働環境としては最悪で、精神衛生上も最低ですが、人を思いのまま使うには最高の教育システムなのでしょう。

手首切った同僚との再会

 その地獄の研修を卒業した店長はしゃにむに働きます。まだマインドコントロールが効いているからです。何よりもう二度と研修を受けたくないのです。卒業させていただいた営業本部の声は「神の声」です。何でも言うことを聞きます。
 売上悪いんだから休んでなんかいられないぞ、外で営業して売ってきたらどうだ、こんな売上でよく帰れるな……。もう24時間仕事をする感覚になります。
 昨年私をテレビで見たと、いっしょに仕事をしていた方から電話があり、会って話を聞きました。彼は私が13年前主任をしていた時の社員で、人が良くお客さまにも好かれていて販売力のある子でした。
 彼は私に両手首を見せて言うのです。彼は店長研修でおかしくなり、研修途中で逃げ出して手首を切ったそうです。片側切っても死なないので両方切りました。幸い発見が早く命には別状はありませんでしたが、今でも手首は曲がらず、ワイシャツのボタンをかけるのに10分以上かかります。
 その彼が私に言ったのです。「もう一度コナカに入りたいのです」。私はびっくりしました。私は彼をそこまで追いつめた会社になぜもう一度入りたいのか聞きました。彼は手首を切ったことを自分の弱さだとコンプレックスを抱えて生きていたそうです。会社は彼の自殺未遂を隠しました。
 研修を知る私としても、自殺未遂の行動をとったことは非難できません。それよりそこまで追い込んで辞めた彼までも心に影を落とす研修が許せませんでした。
 その研修センターにもコナカ支部ができたおかげで労働基準監督署の監査が入り、昔のような異常な状態は少し改善されたそうです。

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1 コメント

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店長に (なるのが)
2009-01-16 08:00:28
遅いのが、運が悪かった?
みなし残業は無くならない!?貰ってない人達はどう見ても給料形態おかしいでしょ!!何のメリットもないよ!!責任だけが増えるのがメリット!?

それで、店長の給料は6万も違ってしまう!?

我慢して善くなったら、貰ってない人達だけに何か出るのか!?

貰ってる人にも何か出るのはどう見ても不公平ではないでしょうか!!
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