上左の写真:大正五年 〔一九一六年〕 十二月一日発行の『写真通信』 第三十二号 大正五年 十二月号 に掲載されたものである。
皇后陛下東京音楽学校行啓ー職員生徒晴れの演奏
皇后陛下には芸術御奨励の思招にて大正五年十一月十六日正午御出門上野なる東京音楽学校に行啓あらせれた、玉座は音楽 舞台正面に設けられ左右は親任官及同校教師陪観席とし舞台には白き綾絹の幕を引き玉座と舞台との間は数十種の草花を飾然り宛花園の如き美観を極めた軈〔やが〕て陛下玉座着御と共に妙なる音は響いて御大礼奉祝唱歌より順次交る々々妙手の奏ずる楽の音を楽譜を御手に御耳を傾けさせられて後一旦便殿に復御陳列されたる雅楽、能楽、邦楽の器具書籍を御覧の上音楽場に臨御第二部演奏ピアノ講師小倉末子女史外謹奏楽手の演奏する数曲を聴召されたる後便殿御小憩午後四時御還啓になつた。写真は鹵簿同校へ着御のところ下なるは同校職員生徒奉迎のところ上なるは御前演奏の光栄に輝く小倉末子、田中ひさ子、左下は久野久子女史である。
H.I.M.the Empress visited the Tokyo Academy of Music at Uyeno Park on Nov. 16, and in the auditorium of the Academy Her majesty listened to a special programme of music.
上右の写真:大正六年一月一日発行の『歴史写真』 第四十六号 大正六年 一月号 に掲載されたものである。
光栄ある御前演奏者及び御前揮毫者
Artists and musicians honoured by drawing picturess and giving musical performaces in the presence of Her Majesty the Empress.
皇后陛下には大正五年十一月十六日東京上野音楽学校に行啓遊され、数々の演奏を聴召されたが、其の演奏者中には我国閨秀音楽界の天才と称せらるる小倉すゑ子、久野ひさ子、田中ひさ子、及び長坂好子等があって夫々ピアノ、ヴァイオリン、及び最高音の独唱等を御耳に達した。陛下には九條家に在します頃より洋楽の御造詣深く渡らせらるることとて此日の行啓は殊に御興趣深く思召された。写真の左上は当日御前演奏の光栄に浴した音楽学校講師小倉すゑ子女史。其下同校助教授久野ひさ子女史。又、右上は当日玉輦されたる際、御前揮毫の光栄に浴したる十画伯中の五氏で、右より寺崎廣業氏、竹内栖鳳氏、四人目荒木十畝氏、五人目小室翠雲氏、其次ぎ上村松園女史、左端池田蕉園女史である。
なお、当日のまだ皇后陛下未着席の玉座と舞台の間の花々を挟み左右に人が立ち並ぶ写真は、『創立五十年記念』で見ることが出来る。
下は、その『創立五十年記念』掲載の当日の演奏曲目である。〔※は、蔵書目録による追加〕
大正五年十一月十六日
御大礼奉祝合唱歌 歌 教授 吉丸一昌 謹作
曲 教授 島崎赤太郎
御大礼奉祝進行曲 助教授 大塚淳謹作
立太子礼奉祝歌 文部省謹選
立太子礼奉祝合唱歌 歌 教授 大須賀績
曲 教授 島崎赤太郎 謹作
第一部
一、オルガン独奏 助教授 中田章
祝典前奏曲 レンメンス作曲
一、最高音独唱 聴講生 長坂好子
旅人の歌 グーノー作曲
大須賀績作歌
ヴァイオリン助奏 聴講生 蜂谷龍子
ピアノ伴奏 研究生 山口節子
一、ピアノ独奏 助教授 久野ひさ子
イ、春の曲 グリーク作曲
ロ、練習曲 シヨッパーン作曲
一、セロ及ピアノ合奏 セロ 助教授 信時潔
ピアノ 研究生 高折宮次
ソナータ ルービンシタイン作曲
一、合唱 生徒一同
イ、幼児 露西亜民謡
旗野十一郎作歌
ロ、秋 和蘭民謡
吉丸一昌作歌
第二部
一、ピアノ独奏 講師 小倉すゑ子
狂想曲 サン、サーンス作曲
一、ヴイオリン独奏 聴講生 田中ひさ子
幻想曲 ヴュータン作曲
ピアノ伴奏 聴講生 石原和子
一、次低音独唱 講師 船橋榮吉
イ、春を惜む マツスネ作曲
大須賀績作歌
ロ、印度の調 ベンベール作曲
大須賀績作歌
ピアノ伴奏 助教授 貫名美名彦
一、ヴァイオリン及ピアノ合奏
ヴァイオリン 教授 多久寅
ピアノ 教授 萩原英一
ソナタ フランク作曲
一、管絃楽 職員及生徒
戯曲「ラルレジエンヌ」中のメヌヱ
ツト及ファーランドール
ビゼー作曲
※一、ピアノ独奏 小倉末子
鳥の預言者 シューマン作曲
なお、昭和二十七年四月二十日発行の『音楽の花ひらく頃 ーわが思い出の楽団ー』小松耕輔著 音楽文庫38 音楽之友社 の 大正五年 に次の記述がある。
十一月十六日、皇后陛下には東京音楽学校に行啓遊ばされた。当日お聞に達した曲目は同校作曲の「御大礼奉祝合唱歌」及び「奉祝行進曲」、文部省作「立太子礼奉祝合唱歌」、これにつづいて長阪好子の「旅人の歌」(グノー)久野久子の「春の曲」(グリーク)練習曲(ショパン)小倉すゑの「狂想曲」(サンサーンス)船橋栄吉の「春を惜む」(マスネー)多久寅、萩原英一のソナタ(フランク)その他であった。
皇后陛下には夙に音楽に御造詣深く、早くより幸田延子を召され御研究遊ばされていたが、当日の曲目についても予め一々楽譜を御覧になり御聴き遊ばされたのである。当時第一次世界大戦中であったので学校側では交戦国であったドイツ人の作曲を曲目から除いていたのを御覧になり「芸術には国の別が無いからその遠慮には及ぶまいとの御思召を拝し、新たに当日の曲目中にシューマンの「鳥の預言者」を差加え小倉末子をして演奏せしめたとのことである。