るるの日記

なんでも書きます

水戸藩・会沢意見書・連合列強国を侮ると、尊王にも攘夷にもならない

2021-04-05 09:46:56 | 日記
■連合列強国の勢力を侮るな

「有志の諸侯を助けて夷狄(いてき・外国人)を防ぐべし。との意見があるようだが、諸侯は頼りにならない

弘安の役では蒙古一国を、日本の全力を以て防いだ。しかし当今は諸蛮は数国が合従して侵攻して来るのであり、日本が全力を挙げても容易ではない

公武が二分するようになっては応戦は叶わない。そればかりか諸蛮が幕府の援兵ともなれば、なおさら勝算はないだろう

こうなれば公武合体の叡慮に背き、天下の大変となり、言語道断と存ずる次第だ」

■幕府は既に列強と通商条約を調印している。朝廷を奉じて諸藩が挙兵しては、諸列強国を援兵と頼む幕府との軍事対決になる。尊王攘夷挙兵に勝算はない

これに対抗するには、藩と幕府による富国強兵しかない。それがまだ整っていないのだ。今戦えば諸列強国の利になるばかり。叡慮に背く天下大変となる。尊王攘夷にはならない。

水戸藩・会沢意見書・容赦ない現実認識

2021-04-05 09:18:48 | 日記
■有志の諸侯は一切頼りにしてはいけない

「勅書を伝達すれば、有志の諸侯はこれに服するとの論がある。だが太平の世、久しく諸侯は安楽にふけり、士気は昏情になっており、それに有志の諸公といっても指を折るほどもいない
たとえあるとしても、家老たちは自国の太平と一身の利害を捨ててまでこれに応じる者は百人に一人もあるまい。勅書伝達しても決して思召しのとおりには参らないと考える

また、古今の人で情義を守る者は百分の一で、利に従う者のみ多い。朝命を重んじることを心得ない者が多くなってしまった

我が藩では現状尊王の義を弁える者があるとはいえ、他国にはいないのだから勅書伝達しても承服する者は少ない

我が藩の大諸侯などで時勢をはかる者がいるとはいえ、いずれも遠国。江戸にまで手の届く者はおらず、水戸藩の援助にはならないのだから、有志の諸侯は一切頼りにしてはいけない。

そして有志の諸侯の他は安楽昏情であり、薄情で士気もなく、太平を楽しむばかりで征戦など思いもよらない者ばかりだ。家来共もそのような者が多く、太平の弱兵では抗することができる者はいない

第一、水戸藩といえども、大志あれども28万石の分限に過ぎず、尾張紀州同様のお務めを果たすためには富強の手立てもない
この節は士心も分裂して一致していない。加えて人心動揺して、困弊し、軍用乏しく、戦陣はいかがにあいなるか危惧される。貧弱の小候などでは、憤発して征戦の志を励ましている者など、いか程もいない

勅書を伝達しても相呼応することはできない道理である」

■激派の戦略は、勅書伝達による【攘夷の全国一切挙兵】。そのために水戸藩が先駆けねばならない。高橋が同志を全国に派遣した

そんなことは盲目の幻想だと、会沢が指摘する。「おっしゃるとおり」と申すしかない

激派も会沢も、水戸藩が反幕から討幕挙兵へ傾いていく危機を暗黙に想定している。それに賭けるか禁圧するか、党派の分かれ目

それにしても長州藩と違って、水戸はあまりにも江戸に近い

水戸藩・会沢意見書・勅書の書き方が矛盾しどうとでも解釈できるのでは❓️

2021-04-05 08:23:34 | 日記
■会沢意見書・勅書の趣意は公武合体にあり

「勅書を伝達できれば表向きは朝廷の義理を一とおりは済ますことができるようにはみえるけれども、その実、叡慮には背くことになると考える。

なぜかといえば、勅書の結末に「国内治平・公武合体の実をあげ」とあり、これが勅書全文の趣意である。これを強いて伝達すれば当面は兵端を開くことはないにしても、結局は必ず千弋に及ぶようになる。

そうなれば京師にまでもいかなる横暴が及ぶか測り難く、国内治平・公武合体の叡慮に背くことになる。

この点を慎重に御考慮の上での仕損ないはやむをえないとしても、軽々しく実行して過乱のきっかけを作ることになっては、朝廷へ申し訳もたたない次第と存ずる」

■水戸藩への勅書は
★第一に幕府の違勅調印を叱責
第二に水戸などへの処罰に懸念を表明
第三に今後の幕政は諸大名との衆議により進めることを求めたもの

★第一と第三の段落で、公武合体・国内治平・徳川家を扶助することが言及されていた

★とはいえ、攘夷要求と諸藩合議による幕政改革の提案が勅書の趣意であるのは明らかなことだった

■会沢はこの内容を無視。代わって公武合体・国内治平だけを勅書の趣意であると読み替えるのである

幕政の許可なしに水戸藩から勅書を伝達すれば、公武合体を揺るがし、日本国内の戦乱を招くという、会沢の警告が導かれる

戦乱は御国存亡にかかわり、叡慮に背くことになる。だが、会沢の主導してきた【水戸学の尊王攘夷】はどこにいったのか。理屈の上でも激派の納得は無理だ。それを見越した上での会沢の挑戦なのだ