女人を
★三皇五帝の三墳五曲に
諂曲の者と定む
【てんごく・自分の意志を曲げて他人に媚びへつらう】
されば災は女より起こると云えり
人を損ずる源は女人を本とす
★華厳経
「女人は地獄の使なり、よく仏の種子を断つ、外面は菩薩に似て、内心は夜叉の如し」
★大涅槃経
「一切の河必ず回曲(曲がる)有り
一切の女人必ず諂曲あり」
「諸の男子の、諸の煩悩合集して
一人の女人の業障と為る」
と説かれ、女人は仏になるべき種子を焦(じ)れり【焦れったく思う】
■譬えば大旱魃の時、虚空の中に
大雲おこり、大雨を大地に下すに
枯れた如くの無量無辺の草木
花咲き、木の実成る
しかりといえども
いれる種あらずして
雨繁ければ朽ちるが如し
仏は大雲の如く
説教は大雨の如く
枯れたるが如くなる草木を一切衆生に譬えたり
仏教の雨に潤い功徳を修するは
花咲き実が成るが如し
雨降れども入りたる種無く
かえりて朽ちるは
女人が仏教にあいても生死を離れず
かえりて仏法を失い悪道に堕ちる
に譬うべし
是を「よく仏の種子を断つ」と申すなり
■涅槃経「一切の河の曲がれるが如く女人も又曲がれり」
と説かれたるは
水は軟らかなる物なれば
石山なんどの堅き物に遮られて
水の先怯む故にあれこれへ行くなり
女人も亦かくの如く
女人の心をば水に譬えたり
心弱くして水の如くなり
道理と思う事も
男の堅き心にあいぬれば
塞がれて善しなき方へ赴く
水は留まらざるが如し
女人は不信を体とする故
今、こうあると見る思いも
しばらくすれば違う様になるなり
仏と申すは正直を本とす故に
曲がる女人は仏になるべからず