■限りあれば、
さのみえも、止めさせたまはず
御覧じだに送らぬおぼつかなさを
言ふ方なく思ほさる
いとにほひやかに
うつくしげなる人の
いたう面痩せて
いとあはれとものを思ひしみながら
言に出でても聞こえやらず
あるかなきかに消え入りつつ
ものしたまふを、御覧ずるに
来し方行く末思しめされず
よろづのことを
泣く泣く契りのたまはすれど
御答へもえ聞こえたまはず
まみなどもいとたゆげにて
いとどなよなよと
われかの気色にて臥したれば
いかさまに思しめしまどはる
てぐるまの宣旨などのたまはせても
また入らせたまひて
さらにえゆるさせたまはず
帝
「限りあらむ道にも、後れ先立たじと、契らせたまひけるを、さりともうち棄てては、え行きやらじ」
とのたまはすりを
女もいといみじと見たてまつりて
「かぎりとて別るる道の悲しきに
いかまほしきは命なりけり
いとかく思ひたまへましかば」
と息も絶えつつ
聞こえまほしげなることはありげなれど、いと苦しげにたゆげなれば
かくながら、ともかくも、ならむを
御覧じはてむ
と思しめすに
「今日(けふ)、はじむべき祈祷(いのり)ども、さるべき人々、
うけたまはれる、今宵より」
と聞こえ急がせば、わりなく思ほしながら、まかでさせたまふ
御胸つとふたがりて
つゆまどろまれず
明かしかねさせたまふ
御使の行きかうほどもなきに
なほいぶせさを
限りなくのたまはせつるを
「夜半うち過ぐるほどになむ
絶えはてたまひぬる」
と、泣き騒げば、
御使もいとあへなくて帰り参りぬ
聞こしめす御心まどひ
なにごとも思しめし分かれず
籠りおはします
※限りあれば→更衣の死期が近いことを語っている
皇后、妃も宮中で死ぬことは禁忌
宮中は神事、帝は神、、だから
※御覧じだに、送らぬ→せめて見送るだけでも、、できず
※われかの気色にて臥したれば→我が人が、意識がぼんやりして臥している
※てぐるまの宣旨→手でひく屋形車
勅許を得て乗用し、宮門を出入りする。破格の待遇
※限りあらむ道→前世の因縁で、その時期も定められている死出の道
にも関わらず「後れ先立たじ」と約束が交わされていたほど、帝と更衣は無類の仲だった
※さりとも→希望、いくらなんでも
♦️かぎりとて、別るる道の悲しきに
いかまほしきは、命なりけり
別れ路は、これや限りの旅ならむ
さらに行く(生きる)べき
心地こそせね
【新古今・離別道命法師】
♦️いとかく思ひ、たまへ、ましかば
ましかば→、、であったら、、であろうに
なまじ帝のご寵愛をいただかなければ、、(よかったろうに)の
よかったろうに、を更衣は言えなかった
更衣の退出をなかなか許しえない帝の執着に対して、死を自覚している更衣は、この歌のほかに、言うべき言葉は無い
■掟のあることだから
帝はそうそうも引き留めになれず
お見送りさえもできない心もとさを
言いようもなく悲しく思う
じつに艶々と、美しくかわいい方の
すっかりやつれた姿に
まことにしみじみと
世の悲しみを感じ
言葉に出しても更衣には聞こえない
人心があるか、ないかのように
消えていく様子を御覧になると
帝は後先の分別も無くし
あらんかぎりの事を
泣く泣く約束するけれど
更衣は答えることができない
眼差しなども、ひどくだるそううで
ひどくなよなよと、正体なく臥している。帝はどうしたものかと思い惑う
てぐるまの宣旨を出してからも
また部屋に入っては
どうしても退出を許さない
帝は
「決められている死出の道にも
一緒にと、約束したではないか
いくらなんでも、私を棄てては行かないだろう!」と言われるのを
女も帝の気持ちを本当に痛わしいと感じて
「限りとて、今はこれよりほかなく、別れることになる死別道が悲しい。私が欲しいのは生きる道。命なのです、、
このようになると知っていたならば、、(その後は言えなかった)→【なまじ帝のご寵愛をいただかなければよかったろうに、】」
と、息も絶え絶えに言った
まだ言いたいことはある様子であるが、ひどく苦しそうで、帝は、いっそこのまま、ともかく見届けたいと思っていたが、、
「今日から始める数々の祈祷を
しかるべき人々が承れます。それを今夜から始めます」と急き立てられ
帝はたまらない悲しみのなか
更衣を退出させた
帝は胸が一杯になって
まどろみもせず
夜の明けるのを待つ
御使が行って帰るだけの時間もたたないのに、たまらなく気がかりでならぬ気持ちでいた
「夜中を過ぎるころ、とうとう亡くなりました」と更衣の里の者が泣き騒ぎ、使いもまたがっくりして、宮中に帰参した
この知らせを聞いた帝は、動転し何の分別もつかず、ただ部屋に閉じ籠もった